【1-3】二度目のメロディ・バベット・プレオベール:5
私と助手にとってはいつもの医療作業だったが、いくら鍛えている騎士と言えど、帰宅の時間になった時、リハルトの顔色は悪くなっていた。
事前に感染の恐ろしさについて叩き込んだこともあり、そちらにも気を張っていたのだろう。素人にはよくあることだ。症状のかなり進んだ患者――治る見込みもなく、末期症状で身体の一部が崩れた者さえいる――を目にして、悲鳴を上げたりしなかっただけでもまだマシだ。
最初にリハルトを連れて行った教会横の小屋で、先の準備を逆戻りしたような手順で着替えさせ、しかし元の服を身に着ける前に、身体を石鹸で洗わせたりもしたので、帰りの馬車の乗り込んだ際、私は聞いた。
「大丈夫ですか」
「すみません、ちょっと吐き気が――。……あ、体調不良とかではないです。お気になさらず」
リハルトの台詞は矛盾しているように思えるが、吐き気は単なる気分の落ち込みや疲労から来るもので、病に感染したとかではない、という意味だ。
私の言葉を忘れていないからこその台詞に、軽く笑ってしまった。リハルトがそれを見て、僅かに頬を染める。
気晴らしの意図もあるのだろうが、今度は彼が口火を切った。
「……今日のような外出は、学生時代から?」
「ええ。他にもお得意様の往診や薬草の管理もあります。合間に研究も」
「そんな……学業もあったのに満足に睡眠もとれなかったのでは?」
リハルトが目を瞠って発した台詞に、私は窓の外に視線を馳せ、夕陽に染まる街並みを見る。
「ええ。学生時代はそうでしたね。ニナの学業指導もしてましたから」
「………………」
私の端的な台詞に、リハルトが何を思ったのかは分からない。
だが、頬に当たる視線の中から、当初は存在した刺々しさがほぼなくなっていることを、私は肌で感じた。
* * *
父なりに私を案じていたのだろう、夕食は父と私だけではなく、リハルトも同席となった。
私とリハルトの様子を見て、問題が起きていないかを確認したいのだろうな、と思った。その心配は杞憂なのだが。
とまれ、プレオベール家の人間と同等の食事を置かれ、リハルトが申し訳なさそうな表情になったのを見て、父が微笑む。
「臆す必要はない。貴殿は客人というだけではなく、一時的とはいえ娘の護衛騎士だ。この館にいる間に痩せられては、プレオベールの名折れだ」
「……お心遣い感謝します」
「任務の一環とはいえ、今日は重労働だっただろう。ワインは苦手ではないかな? 呑みすぎなければ、よく眠れるだろう」
父の合図でワイングラスに緋色の液体を注がれ、リハルトが嬉し気に眦を下げた。
アルコールが入ったことでリハルトの肩の強張りも程よく解け、父とリハルトの会話も増え始めた所で、食後のデザートが置かれる。
甘いクリームが添えられたレモンタルトにフォークの先を入れた所で、父が切り出した。
「実は、皇宮からお前宛に手紙が来た。ナタリアーナのことだろう」
「そろそろ来ると思っていました」
気遣わし気な父に、私は大丈夫だという意味で微笑みながら返す。
対してリハルトは問うては来なかったものの、案ずるような視線を投げて来たので、私から説明する。
「ニナは昔から肌が弱かったんです。うっかり草木を触ってかぶれたりもですが、ストレスが溜まるとすぐに肌に出て。私が特製の塗り薬を作って渡していましたが、例の件があって以降は、皇宮のお抱え医師に頼めと言ってあったんです。薬のレシピは渡しましたけど、どうやらあまりいい結果にはならなかったようですね」
「当然だ。皇宮の医師も有能だろうが、私とメルには及ばん。知識と技術は、薬草の成長にも影響するというのに……まったく」
私の説明に、父が鼻息を吹いてふんぞり返る。その様とは対照的に、リハルトは浮かない表情だ。
彼の胸中にあるものが理解出来たので、私は苦笑して続ける。空気が重くならないよう、少しおどけて。
「未来の皇妃の肌を荒れさせる訳にはいかないので、明日は予定を変えてニナの薬を作ります。リハルト様は……」
「お邪魔でなければ、ご一緒させて頂きたい。……あまりお役には立ちませんが」
二ナの薬の製作は館内で済む仕事なので、リハルトには寛いで貰っても構わないのだが、それを察知したリハルトに言われたので、私は頷いた。
「色々手順がありますので、調合以外を手伝って頂ければ助かります」
「勿論です」
私の言葉に、リハルトがやっと笑顔になった。




