【1-3】二度目のメロディ・バベット・プレオベール:3
館に到着すると、まず父の執務室へと向かい、リハルトを紹介する。
護衛がついた理由を問われたが、心配をかけたくないので、皇子の元婚約者である私に何かあるとジェラルド達に非難の目が向けられる、それを避ける為の護衛だ、と言う。
父は納得し、それどころかジェラルドを見直した表情になった。意図してではないがジェラルドの株を上げてしまったので、私は内心しまった、と思った。
執務室を出ると、温室へとリハルトを連れて行き、そこのテーブルセットに座らせる。
リハルトは護衛の身なので、と断りかけたが、今後のことについて説明しておきたいのだと言うと、爆弾が仕掛けられているかのように、怖々と腰を下ろす。
メイドが紅茶とクッキーを持って来て、テーブルの上に置いたのを見計らって人払いを告げると、温室には私とリハルトだけになった。
「基本的に、今は忙しい時期なので、社交や遊びでの外出はほぼありません。ですが、病と薬の研究、患者の往診等で毎日外に出ています。ですので、あなたには護衛以外に、私の……というか医師の付き添いとしての振る舞いを知っておいて頂きたいの」
私がそう言ってティーカップを持ち上げると、リハルトは怪訝な顔をした。
「俺に助手をしろということでしょうか?」
「まさか。助手は有能な者がいますので」
笑みながら軽く首を振ってから、やや身を乗り出す。
「私が行く先にいるのは、軽症者だけではありません。中には重病患者、それこそ生命の危機に瀕している患者だっています。患者が患っている病気も、擦り傷や風邪に始まり、原因不明の致死率の高い病気まで」
「………………」
「あなたに知っていて欲しいのは、そういった患者がいる場に踏み込んだ際に取るべき行動、発言、装備です。何も知らないまま同行させて、万一あなたが病に感染したりしたら、殿下に合わせる顔がありません」
「……わかりました」
先刻より神妙な表情になったリハルトが、ゆっくりと頷く。
緊張した面持ちの彼に安心出来る材料を与えようと、私は微笑んだ。
「そんなに難しい話ではありませんよ。病を治すということは、逆に言えば、どうすれば病気に罹るかを知っている、ということです。私は専門家ではなく専門家です。それだけは信じて下さい」
私の台詞に、リハルトはやや頬を染めた。
彼が私に関する悪い噂を信じていたことを揶揄する発言になってしまったが、私にその意図はなかったので、それは彼だけの問題であり、責任だ。
何か言いたげな表情を、私はあえて無視した。
彼に言った内容は事実で、一片の誇張もない。私は守られる存在であり、同時に彼を護る存在でなくてはならない。
私の復讐劇が終わるその時まで、彼には生きていて貰わなくてはならないのだ。
* * *
護衛とはいえ、流石にプレオベールの館の中での安全は保障されている。
私が館にいる時は、リハルトには休める部屋を用意するし、比較的自由に動いてもらうことにして、私は館内を隅々まで案内した。勿論、本館から離れた場所にある、森の中の別館とその温室も。
ただし、別館と温室に限っては、余程の事情がない限り私の同行なしでは踏み入らないよう、強く言った。
「ここは限られた人間しか知らない場所で、更には取り扱いに知識と注意が必要なものが植わっています。最低限の見張りはいますが、それはあくまで温室の外側にしかおらず、鍵を持っており、中に入れるのは私と父だけです」
「……ナタリアーナ嬢は?」
「あの子は、ここの存在すら知りません。ニナは勿論、ジェラルド殿下も。ですから、あなたも他言しないで下さいね」
「は、はい」
リハルトは頷いたが、表情の端に混じったものを見抜き、私は嘆息しながら続けた。
「……『取り扱いに知識と注意が必要なもの』と言いましたが、はっきり言いましょう。薬草もそうですが、薬効にもなる毒草も育てているのです。だから、それらを正しく扱う知識のないニナにはここを教えていない、そういう意味です。あなたは、薬品庫に患者を入れる病院や医者を、見たことがありますか?」
「……分かりました。ご説明、ありがとうございます」
私の説明に、リハルトは僅かに目を瞠り、小さく頭を下げた。ナタリアーナを仲間外れにしていると思っていたが、実際はそうではないと理解したらしい。羞恥で彼の頬は染まっている。
そればかりか、彼は白い歯で僅かに唇を噛んだ。
その様に私は何も言わなかったが、これで私に対する先入観が消えてくれるだろうか、と少しだけ期待した。
私に疑念を抱いたまま護衛をされては、色々と困る。




