【1-3】二度目のメロディ・バベット・プレオベール:2
「護衛?」
「ええ」
ジェラルドが鸚鵡返しに発した台詞に、私は頷いた。
テーブルの上のティーカップを持ち上げ、紅茶を一口含むと、またテーブルの上にティーカップを戻す。
顔を上げると、一週間前までは婚約者だった男の、当惑した表情が見えた。
相変わらず顔のいい男なので、そこだけは素直に感嘆しつつ、続ける。
「ずっととは言いません。そうですね……ニナと殿下が公の場で婚約を発表するまで、です。それまでお一人、騎士を貸して頂きたいのです」
「しかし護衛とは……」
更に眦を下げるジェラルドだが、私の視線に気づいて慌てたように言い足した。
「いや、君の護衛として騎士をつけるのは構わない。俺が君にしたことを思えば、君には出来る限りのことをするつもりだ。婚約破棄に対する慰謝料とか、形式的なこととは別に」
「……ありがとうございます」
「だが、理由が気になる。何かあったのか? ……その、護衛が欲しいと思えるようなことが」
私を案じているらしく、ジェラルドは僅かに身を乗り出した。
前の人生と同じように、父はプレオベールの館からナタリアーナを追い出し、縁を切った。父は皇室とも縁を切ろうとしたが、それは私が止めた。
縁を切るまではせず、しかし最低限の関りしか持たないということにすれば、つまり、『基本は交流を持つことはしないが、有事の際は――人道的な理由もあるので――プレオベール家を頼ってくれて構わない』としておけば、反感を持たれることなく皇室側に恩が売れるだろう、と説得したのだ。
ここだけは前回と異なるが、ナタリアーナは前回同様に皇宮へと身を寄せ、今は皇妃教育の最中だろう。
婚約破棄の手続きは穏便に終えたものの、婚約者変更の発表はまだ終わっていない。当事者達の間で話がついただけだ。
その段階で、私はジェラルドに手紙を出して約束を取り付け、皇宮へと赴いた。
勿論、喧嘩する為ではない。
「何かあった、という訳ではないのですが……。殿下との婚約が破棄されたことは、噂として多くの者が知ることとなっています。事実なのでそれ自体は問題ないのですが、私に好意的ではない一部の者から、心無い言葉を投げられることがありまして」
「なんだって……!」
私が頬に指先を当てて嘆息すると、ジェラルドは顔色を変えて、椅子から腰を上げる。
そう深刻な話ではない、と言わんばかりに、私は首を振って微笑む。
「からかいの域を出ない中傷ですから、そこはお気になさらないで。ただ、それを許していると増長する輩も出るでしょうし、そうなっては殿下の、引いては皇族への悪評へと発展することも十分に有り得ます」
「それで護衛を……」
「はい。私の身の安全の確保と共に外野への牽制が出来ますし、更には殿下が用意した騎士を傍に置くことで、元婚約者への配慮も忘れていない、というアピールにもなりますでしょ?」
最後の要素がジェラルドの背を押したらしく、ジェラルドは腰を下ろしてから、傍に控えていたメイドに指示を出す。
程なく現れたのは、黒髪に青い瞳の男性だった。暗い紺の制服に、白いペリースを左肩に掛けている。
だがそれよりも、彼の精悍な顔立ちに私は目を瞠った。
あの騎士だ。
「リハルト・エルチェ・ステファヌスと申します。ジェラルド殿下に忠誠を誓った身ではありますが、ご令嬢は命を懸けてお守りします」
ジェラルドに軽く説明を受けてから、彼はそう言って私に頭を下げる。
そして、顔を上げてから私の表情を見て、僅かに首を傾げた。
「……以前お会いしたことが?」
「いいえ。あったとしても、通りすがり程度だと思いますわ」
やっと名前を知れた。
私はそう思いつつ、リハルトに微笑んだ。
* * *
プレオベールの館へ帰る為に、リハルトと共に馬車に乗り込み、向かい合わせに腰かけたのだが、居心地が悪そうな彼の表情に、私から口火を切った。
「ご不満そうですね。どうせ護衛をするなら、ニナの方が良かったと思ってそう」
「そっ……そんな、ことは」
私の言葉に途端に顔を真っ赤にし、そして私から目を逸らすリハルトに、やはり、と思った。
牢の鉄格子越しに初めて会った段階で、彼は私への敵意を持っており、それを隠しもしなかった。
私がジェラルドに毒を盛ったならともかく、被害者はナタリアーナ。同情にしては、抱く感情が強すぎる。そこに違和感があった。
しかし、前世の話をしても意味がないので、前世と今世に共通する話題に繋がるよう、私は微笑を浮かべつつ言った。
「既に卒業した身ですけど、学園での私の悪評をご存じなのでしょう。そして、私が現在心無い攻撃に晒されるのも、自業自得だと思ってらっしゃる?」
「……それは……」
「正直さは騎士の美徳とはいえ、あなたは顔に出しすぎです」
言い淀むリハルトにぴしゃりと言うと、彼は頬の赤みはそのままに、眉間に皺を寄せる。
ジェラルドがリハルトに私の護衛を命じたのは、不満どころか不本意極まりないのだろう。
何もかもが私に筒抜けとなれば、隠す意味もないと判断したのか、リハルトは背筋を伸ばして固い声を出す。
「私がご令嬢にどのような印象を持っていようと、皇族に……ジェラルド殿下に仕える騎士として、任務に私情は挟みません。我が身に変えてもお守りします」
「わざわざ宣言しなくても、別にあなたを疑ってはいませんよ。ただ……」
「ただ?」
僅かに頭部を傾けるリハルトから、窓から見える空へを視線を移動させながら、囁くように言った。
「……後で辛くなりますよ、感情移入しすぎると」




