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売られた村娘が黒伯爵の正妻になるまで  作者: 礼(ゆき)
村娘編(共通恋愛プロット企画)

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6/20

6:朝食時の談話

 食堂に現れたマリーを見てルットは目を剥いた。驚きのあまり、食事の準備をしている手が止まる。


「どうしたんですか、その恰好。クローゼットの衣装はどれを着てもかまわないんですよ」

「この方が動きやすいのよ」


 へへっと笑ったマリーがくるりと回る。村にいた時と同じ、まるで羊飼いの少年のような、シャツに長ズボンという恰好だ。手には麦わら帽子も持っている。

 大股で歩き、テーブルに帽子を置くと、昨日と同じ席に座る。朝食が準備され、相席するルットの分も向かえに用意されていた。


「昨日、ここで話したじゃない。ハウイット領(ここ)でやっていることを実践すれば、イーノック領(うち)だってましになるって。だから、この目で確かめに行くの」

「だからって、なぜその恰好……。見聞に行くなら、クローゼットに短めのワンピースもあったでしょう」

「綺麗な衣装を汚してはいけないじゃない」

「あれは、もうあなたのものですよ」

「伯爵様から直接もらったわけじゃないわ。昨日は、思わず着てしまったけど、あげたわけじゃないなんて言われたら、とんでもないもの。私、弁償できるものはなにももっていないんだからね」

「弁償? そんな必要はありません」

「ダメよ。家令のあなたが言っていたと言っても、直接伯爵様から言われたことにならないのよ。これで、使って、汚してしまって、おとがめを受けることになったら、困るのは私よ。困るのが私なんだから、決めるのも私」

「そんな無茶苦茶な……」


 呟いたルットの声音は呆れていた。

 マリーは、得意げに笑って見せる。


「朝食を食べたら、すぐに出るわ。馬を貸してもらえるかしら、直接厩に行っても構わない?」

「待ってください。馬ですか? 馬をどうするのです」

「どうって、馬に乗って村々を見て回るわ。イーノック領(うち)とどこがどう違うのか見聞に行くのよ。昨日話してくれたことだもの、覚えているわよね」

「ええ、ええ、覚えてますとも!」

「聞くよりも、見る方が早いでしょ。見に行くわ」

「はっ、ちょっと待ってください」

「ここに厩はあるのよね」

「そりゃあ、もちろん」

「じゃあ、後で場所教えてください。ルットを煩わせたりはしないわ。私、馬の扱いぐらいできるもの。村には牛も馬も、鳥も、山羊もいたのよ」


 ルットが半歩後ずさる。掌をマリーに向けて、慌てた様子で、後退し始めた。


「では、朝食を先に食べていてください。私は厩にいき、準備をします」

「えっ、いいわよ。悪いわ。こんな広いお屋敷を一人で切り盛りしているのでしょ。余計な仕事を増やしては申し訳ないもの、食べ終えたら、自分で準備するわ」

「だっ、ダメです。準備はすぐに終わります、ちょっと行ってきます」

「残念だわ。一人の食事は寂しいのに……」

「すっ、すぐ戻ります」


 ルットは慌てて食堂を出て行った。

 マリーは仕方なく、食事を始める。


 卵料理とパン。野菜ときのこがたっぷりと入ったスープ。しっかりと味がついている。調味料もそろっているのだろう。家で食べた薄味のスープより味わい深いのに、一人で食べる侘しさにさじのすすみが遅くなる。


(こんな料理を家族と一緒にたべれたら、どんなに楽しいだろう)


 うちひしがれそうになった時、ルットが食堂に戻ってきた。

 あまりの素早さに、マリーは目を丸くする。


「こんなに早く厩に行って戻ってきたの」

「はい、私は仕事が素早いのです」


 確かにルットは息を切らしながら近づいてくる。そして、マリーの前の席に座った。

 誰かが前に座るだけで、マリーの気持ちが楽になる。


「ねえ、ルット。伯爵様はいらっしゃらないのね」

「はい。お忙しい方なのです」

「昨日は、戻られなかったの」

「戻りましたが、お疲れのようで、すぐに休まれました」

「そうなんだ。では、朝は……」

「明朝、日ものぼりきらないうちに出かけられました」

「それって、ほとんど屋敷にはいないということじゃない」

「そうなりますね」

「なら、私、ルットの手伝いもするわ」

「えっ!?」

「そんな驚くことじゃないでしょ。私は村娘よ、働いてなんぼなの。こんな大きな屋敷を一人で切り盛りしているのはすごいけど、やっぱり人が一人でも増えたら大変でしょ」

「本当に、そんなことをしていただかなくても大丈夫なのです」


 淡々と語るマリーに対し、ルットはいささか慌て気味に答える。なぜそんなに落ち着かないのか、マリーは理解できずに小首をかしげる。

 

「あなたは昨日、地下に行かなければ自由にしていいと言ったわ」

「そうですが。そんなことをしていただかなくても、ここはじゅうぶん回っているのですよ」

「自由にしていいということは、働いても、手伝ってもいいということじゃない。誓って、地下には行かないわ」

「ですが……」

「二度いうわ。誓って、地下には行きません」


 そこまで言われたら、ルットも折れるより他ない。

 

 食事を終えたマリーは、ルットに案内されて厩に行く。

 厩の傍に木があり、大きな葉を目一杯広げている。その木陰で、水が入った桶に顔を突っ込み、馬具をつけた馬が水を飲んでいた。


(準備万端?)


 不可思議だった。

 こんな仕事を手早く済ませられるわけがないのだ。

 歩いてみるとよく分かる。どう考えても、ルットが食堂を出て戻ってくる時間で、厩について戻ってこれない。

 走ったとしても、馬具をきれいに整えて、桶に水まで入れて、水を飲ませて待たせられる時間はない。


 引っかかるマリーだが、ルット以外に誰もこの屋敷にはいないようである。

 もしさらわれた子どもがいたとして閉じこめられているなら、ルットが行くなという地下にいると想像できる。噂通りなら、子どもは痛めつけられていることになるものの、噂とは所詮噂。

 世上の悪さで尾ひれの一つや二つはついてくる。


(ここは空気が綺麗。血の臭いもなにもない。鳥を潰す臭いもないような家で、人がいじめられているとは思えない)


 予想以上にルットが優秀なのかもしれないと、麦わら帽子を被ったマリーは一旦そのことを考えるのを止め、馬に乗り屋敷を出た。


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