5:開き直る
風呂から上がり着替えたマリーは食堂へと向かう。
大きな横長のテーブルに、椅子が何客も並べられている。二人分の食事が向かい合わせに用意されている以外、なにもない。
狭くとも、にぎやかな食卓を囲んできたマリーには侘しい空間に見えた。
奥の扉から、料理を乗せた皿二枚を手にしたルットが現れる。
「ちょうど良かった。食事の用意ができたところです。一緒に食べましょう」
家令と一緒に食べることに小さな違和感を覚えたものの、こんな広い部屋で一人で食べることになったら、それこそ家族が恋しくて泣いてしまいそうだったので、誰かが一緒にいてくれるだけでマリーはほっとする。
スープ。サラダがのった小皿。パン。メインの肉料理をのせた大皿。
お皿が何枚も並ぶ食卓は久しぶりだ。実りも豊かな三年前は、食卓の彩りも鮮やかだった。去年から徐々におかずが減っていき、今では主食と刻んだ葉っぱちょっと浮いているだけのスープという生活を余儀なくされていた。
残してきた家族を思うと、贅沢な食事を目にし、複雑な気持ちになる。
席に着いたマリーの表情が陰ったことをルットは察した。
「どうしましたか」
「……、家族がね。どうしているかなと思って」
「ご家族ですか」
「二年連続で不作なのよ。これからしばらくは、まだちゃんとした食事は望めない。早くても、来年の実りの時期までは……。なのに、私だけ、こんな食事をいただくのはね、ちょっと心が痛むわ。
目と鼻の先にあるハウイット領の領地ではこんな食事が食べれるのに、イーノック領の領地では食べる物が不足しているのよ。でも、ここは領主様のお屋敷だから、食材があるのでしょう。領地内の村に行けば、きっとイーノック領の領地と同じようなものなのよね」
「……それは、違うと思いますね」
「違う?」
「ええ、たしかに去年と今年の悪条件は同じなのですが、ハウイット領はそこまでひどいことにはなっていないですね」
「どうして?」
「ここでは、畑になにを植えるもある程度の裁量権を農民に与えています。農夫たちは、過去の経験から、輪作や果樹の間で作物を育てたりと工夫をします。納税のための集める分がありますので、領主も何をこれだけ育ててほしいとは伝えはしても、子細の報告を受けつつ、農夫たちに任せているのです。
天候を読み、年度の気候を読む能力に長けた農夫の助言を重んじ、その年に有利と目される作物の作付を増やす判断を、実際に働く人々に任せることで、この領地は天候の影響を強く受けずに済みました」
「それってイーノック領となにが大きく違うのかしら」
「イーノック領では、長年、高く売れる主食になる作物を優先的に育てるように指示してきました。農夫たちの裁量権も限られたものであり、そのなかで、各村長が骨を折っていたとしても、こういった天候不良には弱かったのです。
単作に近い状態で、土地も弱っていたのかもしれなませんね」
限られた条件のなかで、精一杯やってきたと思っていたマリーは、ほんのちょっとの違いで、隣同士でこれほど違う現実に悔しさを覚える。
恨んでも逆恨みにしかならない。天候のせいにしても、考えることを放棄するだけである。
マリーはきゅっと口元を結んだ。
「なら、イーノック領もハウイット領と同じようにしたら、あんな状態を避けれたし、今後は避けれるのね」
「確約はできませんよ」
「分かっているわ。それでも、対応策があるなら、取り入れるように父に手紙を書くわ」
「食事が冷めます。食べましょう」
ルットは、静かに食べ始める。
(家族がどうあれ、自分が元気でなければ始まらない。残しては食べ物にも失礼だ。食べなければ、何も始まらない)
思いなおしたマリーは、並んだ食事を全部たいらげた。
その食べっぷりにルットも口元を和らげる。
夜になる。
食堂から自室に戻ったマリーは、ベッドの上でゴロゴロする。
起きていた方がいいのか、寝ていてもかまわないのか、さっぱりわからなかった。
会ったこともない、見ず知らずの人と誓いを立てた。祭壇の前で、『誓います』と言ったものの、その意味も分かっていない。
(いったいどんな人なのだろう)
ルットが示した人物画は、少年だった。結婚するような年齢には達していない。子どもから少年になったばかりのあの絵の子がどんな大人になっているのか。マリーは思いめぐらせても、描ききれなかった。
あの後に描かれたと思しき絵はない。少年は少年のまま途切れている。
ベッドの上でゴロゴロ転がりながら、待ち続けた。待てど暮らせど、伯爵は現れず、疲れていたマリーはそのままぐっすり寝てしまった。
朝起きたマリーは、ここがどこだか一瞬分からなかった。柔らかな寝具の感触と、見たこともない高価な家具と、壁紙と天井と窓を見渡して、やっと昨日のことを思い出した。
朝日はとうにのぼっている。カーテンは日に光を滲ませて、淡く光っていた。
家に居たら、すでに起きて、朝の仕事をこなし、朝ご飯の支度をしている。弟たちと父が遅れて家に戻ってきたら、食事の時間だ。
(そんな日はもう来ない)
無性に寂しくなり、両目が潤む。口元を折り曲げて、手の甲で両目を押す。
瞼の裏に浮かぶ、粗末な食事。
葉っぱ数切れの塩味のスープと硬いパン。
お腹はいっぱいにならないけど、笑いながら食べる。
マリーはベッドから飛び起きた。
「泣いてなんていられないわ」
ハウイット領地には、天候の悪さをものともしない方法があるのだ。それを確かめて、父に手紙を出す。
マリーはそう決意した。
クローゼットのなかは、小奇麗な女性用の衣類ばかり。スカートでは動きにくい。
畑を歩いて、汚しても申し訳ない。
マリーは隅に置いた木箱に向かって転げるように走った。




