18:秘密が語られる雨の夜③
「マリーの実母は殺されている。
これから話す内容は、村長から又聞きしたことだ。事の真意は定かではないとだけ言っておく」
マリーはルットの手を強く握り返した。絡めた腕に振るえる体を寄せて、次の言葉に備える。ボロボロと無性に涙が出てくることが止められない。
なにがショックなのか、さえ分からなかった。我慢できそうな気もしたが、ここで我慢したら心にしこりを残しそうで泣くに任せる。喉がつぶれたように息苦しい。
ルットは低く、静かな声で語り始める。
「王都からノーイック領主の屋敷に戻るには、ハウイット領を抜けて、マリーが育った村を通ることになる。
マリーとマリーの実母が乗った馬車は、ハウイット領からノーイック領の村に差し掛かったところで雪に埋もれた。
村のなかで横転した馬車を発見したのは村長だ。夜通し降り続いた雪による影響の確認のため視察に出た最中だったそうだ。
横転した馬車周囲の雪が一部、赤く染まっていたという。馬が倒れ、御者が投げ出されていた。新雪に赤い血痕は目だったんだろう。
倒れて氷漬けられた馬の首と足に矢が刺さり、投げ出されていた御者の胸にも矢が刺さっていたそうだ。
殺されていると分かり、それでも雪をかき分けて進み、横転していた馬車に飛び乗り、扉をこじ開けた村長は、馬車内で女性と子供を見つけた。頭から血を流していた女性の容姿から、領主の正妻であると悟り、助け出そうとしたものの、正妻の身体は冷たくなっていたそうだ。辛うじて生き残っていたのは、母に抱かれていたマリーだけだった。
雪深い中で、生き残ったのはマリー、君だけだった。
これから先の話は憶測にすぎない。
本当のことは、生涯分からないと思ってほしい。
矢を放ったのは、妾の実家である男爵家の可能性がある。
しかし、証拠はない。だから、問い詰めることはできない。
春になり、村長が馬車をもう一度見に行った時には、なにもなかったそうだ。マリーを助け出した後、射殺した者たちが、死体を確保し隠滅したか、雪が解ける間に獣に喰われたか判別はできなかったそうだ」
見開いたまま、マリーはぼろぼろと涙をこぼし、すすり泣く。
ルットは淡々と語り続ける。
「マリーが生まれなければ、妾の子であるドナルドが領主になる。妾はそれを夢見ていた節がある。ドナルドに、よく語っていたそうだ。『お前がここの領主になるのよ』と。この話は、俺がドナルドから聞いたことがあった。ドナルドは分不相応だと辟易していたよ。きっと耳にたこができるほど、聞かされていたんだろう。
俺は、マリーが生まれたことで、妾の未来設計が崩れたと推測している。
妾にとってマリーは邪魔者だった。もちろん、正妻も嫌っていたはずだ。妾にとって唯一誇れるのは、継嗣を生んでいない正妻の代わりに男児をもうけたことだけだ。正妻が子どもを産めば、そのプライドは瓦解する。
だから、流行病を理由に領地に戻る最中、実家の手助けを借りて、正妻を襲った可能性を捨てきれない。
その後、妾と実家が執拗にドナルドを追い詰めていった。彼らの口出しや浪費にドナルドは疲弊していったんだ。
その様を横目で見て、俺の疑いは強まったが、いかんせんなにも証拠はない」
ルットは深く息を吐いた。
壁を向いていた目を下に落とす。
マリーは涙でぼけた視界で、ルットをじっと見つめていた。
「馬車は朽ちてしまった。御者も馬も、正妻の遺体さえ消えた。矢もない。事実は闇に溶けて消えている。これ以上、追いきれないことは、許してほしい」
マリーは首を横に振って、そのままルットの肩に頬ずりした。涙が、彼の衣類を濡らす。
「ルットが許しを請うような話じゃない」
大声で泣くことは無くても、声はかすれている。
人のぬくもりに寄り添っていなければ、崩れ落ちそうだった。
「俺は、マリーも助けたかったし、ドナルドも助けたかった。ある時、ドナルドの屋敷から俺の屋敷に帰る道すがら、馬車からマリーを見つけた。
前イーノック領主の正妻にそっくりでびっくりした。生きていたのかと見間違ったぐらいだ。そこから、村長と接触し、事情を知り、前領主の異母兄である家令に繋いでもらった。
彼らと協力し、道を正すため準備を進めたんだ」
「どうしてそこまでしてくれるの」
「先々代の領主も含めて、俺たちは、水災の恩を返せていなかったからね。ただ、それだけだよ」
触れあっていたルットの肩が動いた。腕が後ろに引かれ、マリーの頭部がルットの肩口に落ちる。ルットの腕はマリーの肩に触れ、その手は頭部に触れた。髪を撫でつける手の優しさに、ふたたびマリーは泣きそうになる。
「ドナルドが村長とやり取りを見てて、ちょっと早いけど、金を払ってマリーをこっちに引き寄せた。マリーの養父は分かっていたし、あの場にいた家令も、意図を組んでくれた」
「子どもがここにいたことを黙っていたのも……」
「子どもたちがいることで芋ずる式に色々知られてしまっても困ると判断し、最初は黙っていることにしたんだ」
「父さん、額を床にこすりつけてた。あれは私を金で娘を渡すからじゃなかったのね」
「……そうか、そうだったのか。それは、たぶん、君の母を助けられなかったこととか、墓を作ってやれなかったこととか、そういうことが全部ひっくるめていたんじゃないかな。ああいうことにかこつけないと、謝罪できなかったのかもな。マリーを家から出す前に、謝罪をしたかったのかもしれないな」
握っていた手を離したルットが身体をよじって、マリーに正面を向ける。
彼は彼女を包むように抱きしめた。
「今日は寝よう。ただ静かに寝て、明日から元気に生きていこう」




