17:秘密が語られる雨の夜②
ルットの答えにマリーは安堵する。
現状がなぜこんなに入り組んでいるのか理解しがたかったけど、これで一つの答えが出た。
この屋敷で誓いを立てた時、相手はちゃんと目の前にいたのだ。
一人で、見ず知らずの架空の人に誓ったのではなく、実在の人物に誓いを立てていた。
心音は高くなるし、体もほってってくる。なのに、なぜか意識だけは冷静だった。
ルットは掛布を開き、マリーを招いた。
なにも臆することはないとマリーは滑り込む。
二人は寄り添って、触れ合う腕を絡めてから、離れている手を寄せて、恐る恐る握り合った。
「分からないことがたくさんあるの。
どうしてハウイット領が隣のイーノック領について、こんなにも親身になって助けてくれるのかとか。
どうして私は、村長の家で、村娘として育ったのかとか。
ドナルドという、義兄になにがあったのかとか。
妾の子だと言ったルットが、どうして領主なのかとか。
本当に、色々、あるわね。そろそろ教えて欲しいわ」
ルットはマリーの手を撫でながら、時折指輪を触れつつ、語り始めた。
「事の始まりは、約二十年前。
ハウイット領が水災に襲われた頃にさかのぼる。
雨の多く、日照時間が減り、作物への悪影響が出るなかで、さらに雨が降り、河川が氾濫したんだ。
ハウイット領は川が多いから、必然として被害が大きくなる。今までにない経験に慌てふためく俺たちを見ていられないとばかりに立ち上がってくれたのが、イーノック領の正妻だった。
彼女の実家も川が多く、水災に悩まされていた。その知識をもって、この地を助けてくれたんだ。
陣頭指揮を執る彼女はとても凛々しく、見惚れる程だった。子ども心に英雄を見る思いだったよ。
正妻である彼女は普段は王都に住んでいる。領主と一緒にいる時間が長くても、なかなか子どもにはなかなか恵まれなかった。
同時期に嫁いできた妾には男の子が生まれており、ノーイックの領主は気長に待つつもりだったのかもしれない。
そして、やっと正妻と領主の間で子どもが生まれた。水災が起こってから二年後だ。
それがマリー、君だよ。生まれた時につけられた名は、マーガレット。マーガレット・イーノック。これが、実の両親が君につけた名前だ。
そして、十五年前。
俺もドナルドも十五歳の時だ。
王都で病が流行し、たくさんの人がなくなったんだ。
マリーの家族も、俺の家族もね。予定外に人が亡くなると、本当に大変なことになるよ」
しみじみとルットは語る。
その言葉には心痛が込められており、マリーの心も呼応して痛んだ。
「三歳のマリーを連れてノーイック領主の正妻が領地に避難してきた。雪道だった。そこで、彼女は遭難し、助かったのは馬車のなかで母に抱かれていたマリーだけだったんだ。
もちろん見つけたのは、マリーの養父である村長だ。雪が深く、領主の館に知らせることもできずに、雪が解けるまでに家で守るしかなかったらしい。下手に幼児を連れ歩いて、凍死する危険を冒せなかったんだ。
雪が解ける間に、事件が起こった。
ノーイック領主が病に倒れ、死んでしまった。雪が解ける間に、葬儀も終え、正妻とその子もいない間に、すべてが処理された。
本来なら、前領主の異母兄が代理領主になり、数年後にドナルドに代替わりをするはずなんだ。
それなのに、妾が十五の息子がいるのに、異母兄の家令を代理領主にするのはおかしいと騒ぎ出し、実家まで担ぎ上げてきた。異母兄の家令は所詮家令だ。結局、男爵家を背景にもつ妾には折れるしかなかった。
ここぞとばかりに口を出してくる母の実家に、隙を見せないよう、弱みを握らせないように、ドナルドはとても苦心しながら、領地を経営していたよ。
その後、王都の華やかな世界に飛んだドナルドの母の浪費がひどくなり、哀れなほど頭を痛めていた。
母の実家と母がいなければ、彼はちゃんとした人間なんだ。
春になった。
そんな詳細を知らない村長が、幼子のマリーを連れて、領主の屋敷に訪ねてきた。
幸い、その時、最初に応じたのが、前ノーイック領主の異母兄だった。彼は、マリーを見るなり、正妻の子どもだと看破した。
そして、村長に命じたんだ。
この子を隠せ、と。
領主の屋敷は男爵家の色が濃くなり、その渦中で、本来の継嗣を守ることができないと判断したのだろう。賢明だと俺も思うよ。
こうして、マリーは村長の娘として、育てられることになったんだ」
マリーは黙って聞いていた。
淡々と語られなければ、とうてい聞いていられなかっただろう。
実の両親の顔も覚えていられないほど、小さい時にそんなことが身に降りかかっていたなんて思いもよらなかった。
ルットの肩口に頬を寄せ、額を擦り、目を閉じると、目じりから雫が零れた。
「十五年前の流行り病は、ハウイット領主の家系にもひびを入れた。
前領主、正妻、その子息が立て続けに死んだ。
残ったのは、先々代の領主と、俺だった。
俺は、当初話した通り、妾の子だ。ドナルドと同じ立場だな。
家令になり、この屋敷を切り盛りし、領主の代理として領地を治める手伝いをするんだ。
そんな本来の役割とともに、妾の子にはもう一つ役割がある。それは継嗣が失われた場合の代わりだ。
今回、ドナルドと俺が、領主になったのも、そんな不文律にもとづいてのことだった。
妾の子としての名は、ルット。
そして、正妻の子の名を継いだ俺は、ルパート・ハウイット。領主として名だ」
「ルットにも、色々あったんだね」
肩口に頬を寄せたまま、マリーはルットを見た。
ルットは真顔で、前を直視している。
その横顔の陰りに、つい言ってしまった。
「ねえ、まだ、なにかあるの」
ルットの目じりがぴりっと動いた。眉が中央に寄せられる。
「言いたくないこともある」
「なら、言わなくてもいいよ」
「でも、いずれは、言わなくてはいけないかもしれない」
「待とうか?」
「いや……」
ルットは考える仕草をする。目が天井を泳いだ。
「この際だ、言うよ。
言うけど……、心して聞いてくれ」
「分かった。別に、これ以上、なにが出ても驚かない気がするけど……」
ルットは口元を引き結び、マリーの手をぎゅっと握った。その痛みに、マリーは両目を瞑った。
「マリーの母……、前ノーイック領主の正妻は、殺されている」




