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売られた村娘が黒伯爵の正妻になるまで  作者: 礼(ゆき)
村娘編(共通恋愛プロット企画)

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12/20

12:宣告し行動する

 マリーは階段をのぼりきり、一階の廊下を進みながら、『マリー様の隣の部屋だぞ。ばれるだろ』という子どもの言葉を思い出していた。


(ルットは私の部屋の隣にいる)


 マリーは階段を駆け上がり、二階の廊下を進む。自室の扉を通り過ぎ、隣の扉の前に立った。心臓がどくんどくんと鳴り、耳が痛い。

 ノックをしてから飛び込むか、いきなり飛び込むか。迷うなかで、我に返る。今、マリーが着ているのは寝間着であった。


(このまま、飛び込んだら、誤解されない?)

 

「……」


(夜這いにいくわけじゃないのよ……。そもそも、飛び込んで何を話す? 私は、まだ何をしたいのか、どうしたいのかも、決めていないじゃない)


 そっとルットがいると思われる扉の前を去り、音もなく引き返した。

 気づかれないように自室に入ると、後ろ手で扉を閉めて、背後に耳を澄ませた。人の気配はない。


 そのまま、ずるずると座りこみ、親指の爪を噛んだ。今までのことをもう一度、マリーは振り返る。


 痩せた牛を引いて歩く途中、木陰で休んでいたら、女たちが話す伯爵の黒い噂を耳にした。虐待しているという噂だが、事実は違った。


 地下にいた子どもたちは、イーノック領から保護された子どもたちだ。


 雨が降らないなかで、作物の実りも苦しいイーノック領と、ハウイット領では作物の植え方が違った。決定打は、水の扱いだという。領主は村々に内緒で溜池を確保しているらしい。


 イーノック領主は、元はルットと同じ妾の子。

 伯爵家で一人残され、領地を治めてきたという。ずっと領地にいると思っていたにも関わらず、王都に出て、人が変わったとルットは語った。


(水の解放を嘆願できないかしら……)


 その発想がいかに短絡的かマリーも自覚していた。


 父を失い人生の方向性が変わっても、奮闘してきた若い領主が犯した間違いを正せるなら、正したい。目が覚めるなら、覚ましてほしかった。


(だって、ルットは言っていたじゃない。

 『母による浪費も始まりました。王都の社交の場は、ある意味、見栄の張り合いです。その小競り合いに、絡めとられていったのです。』と。

 現状を見据えて、母親に浪費を止めてもらい、数年だけでも社交の場を控えてもらえたら、そしたら、現状も回復するんじゃないかしら) 


 マリーは、爪を噛んでいた手を降ろした。天井を見上げ、遠くの窓向こうに輝く月を見つめる。清涼な月明かりが、床に光の窓を作っていた。


 夜に馬を駆るのは危ない。せめて出かけるなら、空が白んでからだ。


 左手の薬指に嵌められた指輪が月明かりを反射して、天井に歪な光の筋を差す。手を動かせば、一緒に動く光の筋を見つめて、マリーは呟く。


「隣の領主の妾……、この立場、使えるんじゃない」


 マリーはぴんと閃いた。


(決めた。この立場を利用して、イーノック領主に会いに行ってやる!!)


 立ち上がり、木箱から、衣類と布製の鞄を取り出した。馬に乗るなら汚れても良い服装が良い。そして、布製の鞄にには、風呂上がりに着たワンピースを畳んで入れた。


 シャツとズボン姿では、隣の領主の妾に見えない。イーノック領主に面会を頼むなら、服装だってそれなりじゃなければ受け入れられないだろう。


(決行は明朝、今は寝る!)


 マリーはベッドの中に滑り込んだ。

 興奮しており、すぐに寝れないと思っていたのに、目を閉じれば、睡魔にあっという間にからめとられていた。





 鳥のさえずりも響かない、まだ空が紺色に染まる時間帯。鳥よりも早く、ごそごそと起き出したマリーは、シャツとズボンを身につけた。

 しっかりと靴を履き、ワンピースを入れた鞄を斜めにかける。


 すっくと立ち、前を向いた。


 部屋を出て、階段とは反対にあるルットの部屋へ向かう。扉のノブに手をかけて押すと鍵はかかっておらず、かちゃりと小さな金属音をたてて開いた。


 マリーはそろそろと音を立てずに入室した。

 

 ルットは背を向けて眠っている。静かな朝に、小さな寝息が響く。

 

 マリーはそっとルットが寝ているベッドに近づいた。

 ベッドの脇に腰をおろした。背を向けて横になるルットは熟睡しており、起きない。


「ルット、ルット」


 ルットは「んっ」と声を発する。


「ルット、ルット。ごめん、私は行くわ」

「いく……」

 

 オウム返しをしたルットが薄目を開けた。

 ぼんやりしている彼にマリーは静かに告げる。

 

「私、イーノック領に戻って、領主に直談判してくる。直訴してくるわ」

 

 ルットの目がかっと見開かれる。背後にいる人の気配に仰天し、体をよじった。


「まっ、マリー!!」


 素っ頓狂な声を発し半身を起こす。寝起きの顔が真っ白になる。

 そんなルットの様を気にせず、マリーはベッドに両手をついて、前のめりに迫る。


 男女の力に差があっても、急な事態についていけないルットは、威圧感漂うマリーに怖気づき半歩後退した。


「ハウイット領のご当主は今夜はお戻り?」

「いっ、いや。今日は……」

「そっ、挨拶したかったけど仕方ないわね」

「まっ、マリー。挨拶って、なに? なんのこと!?」


「挨拶は挨拶よ。

『色々勉強させてもらいありがとうございます。服を一着お借りします。返せないかもしれません。必要とあらば、一生かけて弁償します』」

「だから、あの部屋の衣装はすべてマリーのもので……」

「私、勝手に地下に行ったわ!」

「はっ!!」


 真剣なマリーの発言にルットは動揺する。


「伯爵様に伝えて。

 イーノック領の子どもたちを助けてくれてありがとう。

 今ならまだ引き返せる。秋の実りまで間に合うわ。だから、水を確保するため、直談判に行きます」


 マリーは立ち上がり背後に飛んだ。

 ルットは去って行くマリーに手を伸ばす。寝起きの身体は自由がきかず、マリーに向けて伸ばした手は空を掴んだだけだった。

 

 前のめりになり、去って行くマリーを追おうとするルットは、ベッドは際を踏み外した。がたんと大きな音を立てて、ベッド下に落ちた。慌てて顔を上げる。


 マリーはすでに部屋の出口に立っていた。


「行くわ。ごめんね、ルット。馬を一頭借りていくわ」


 廊下へと消えたマリーにルットは呆然と手を伸ばす。


「待ってくれ。待って……、待って、マリー!」


 ルットの叫びも虚しく、廊下の靴音は消えていった。



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