11:地下に降り、月光の下で知る
ルットの話を聞き終えたマリーは、自室へと戻っていた。ベッドに転がり、天井を見上げて、もんもんとする。
独占による水不足。そんなこと、マリーは考えたこともなかった。
人知が及ばない天候のせいだとばかり思ていた。なのに、突如、人為的な問題と指摘されれば、どう受け止めていいのか分からなくなる。
(雨が降らないから水が不足しているのだと、ずっと思い込んでいたわ)
きっかけは自然の影響としても、水の分配、育てる作物など、検討する余地はあり、けっして、自然現象だけでは片づけられないのだと示された。
ある意味、それは救われる道があるということだ。
(水があれば……)
ごろりとマリーは横になる。今度は暗い壁が見えた。
すでに時刻は夜。人が寝静まる時間帯だ。
「……」
マリーは脱衣所で見た少女のことを思い出した。
(あの子はなに? ルットは一人で働いているわけじゃない。もし噂通りここに子どもがいて、地下に住んで、働かされているとしたら、厩の件も理解できる。
噂通り、この屋敷には子どもがいる。でも、噂とは扱いがちがうのかもしれない)
マリーは、ぽんとベッドから飛び上がった。衣類を整えて、顔を上げる。
(確かめに行こう……)
虐待をされている子どもが手伝っている可能性も捨てきれない。脅されて働かされている想像をして頭を振った。
とにかく、子どもがいるのに、ルットが黙っていることも解せなかった。
分からないことばかり重なれば気になって眠れない。マリーは音を立てないよう気をつけて、部屋を出た。
一階の廊下を歩き回る。
地下へ進む階段はすぐに見つかった。マリーが使っていた階段とは別にもう一つ階段があり、そこから上階へ進む階段の幅から見て半分ほどの細い階段が下へと続いていた。
マリーは足を止め、深呼吸を繰り返す。吸い込んだ息を止めて、階下へと進む。緊張して、心音が高くなってきた。
細い階段は長く、踊り場が数か所あり、手すりを伝い階下へと降りる。
行きついた先には扉があった。まだ明かりがついている。
食堂の奥にある扉に近づくより、体は強張り、息が詰まる思いだった。
かすかに漏れる光とともに、奥から人の声が響いてくる。その声は高く、明らかに子どもの声であった。
さらに足音に気をつけて、気配を殺しマリーは階段を降りきった。そして、扉に耳をそばだてる。
踊り場の小窓漏れる月明かりがマリーを背後から照らしていた。
「朝はびっくりしたよな」
「そうそう、血相変えてルット様がやってくるんだもん」
「遠乗りができるように馬を準備してほしいって、こんな朝早くから何事? って思ったよ」
「マリー様が急きょ村々を視察に行くなんて思わなかったよね」
「うんうん。おかげで、シーツが全部干せて助かったね。今日はふかふかだ」
「厩の扱いも慣れててさ。戻ってきたら、自分で馬を柵に入れたんだ。いなくなったところで、干し草を馬にあげたら、戻ってくる気配がして、驚いて隠れたよ。あの時は、危うく見つかるところだった」
「そうそう、まさか桶に水を汲んで戻ってくるなんて思わないもんな」
「お風呂の準備も終えておいて良かったわ。砂埃と厩の臭いを落さないと食事にならないもの」
「あの時だったら、まだ食事もできていなかっただろ。風呂は良い時間稼ぎだったよな」
我が意を得たりとばかりに扉越しにマリーは拳を握った。
「僕たち、マリー様に顔を合わせないようにってルット様から言われているけど、けっこう大変だよね。村長の娘っていうだけあって、動きが早いよ」
「手伝いなれているのよ」
「見つかるのも時間の問題なんじゃない。たまにはシーツを干したいし、はやくばれちゃえばいいのに」
「ルット様からもう少し隠れててって言われているじゃない。マリー様の性格なら、そう言いたくなるルット様の意図も分かる気がする」
「意図って?」
「隠しきれそうにないじゃない。食後の話を聞いてて思わなかった? あれ、ルット様もけっこうギリギリまで話していると思うのよ」
「確かに……」
「私たちがどうしてここにいるのかって知ったら、芋ずる式に色々出てくるでしょ」
「そうだな~。まさか、ハウイット領主が、人身売買業者を装ってイーノック領から売られそうになっている子どもを保護しているなんて思わないよな~」
マリーは男の子の何気ないセリフに目を剥いた。
子どもたちの会話は続く。
「僕、ルット様に絵本読んでもらいたいな。マリー様が来てから、読んでもらってないの、ちょっと寂しい」
「忍んでく?」
「マリー様の隣の部屋だぞ。ばれるだろ」
「やめなさい。ルット様だって、お忙しいの。マリー様が来たばかりよ。気も使われているのよ。さあさ、数日前に来たばかりの子もいるし、朝も早いんだから、みんな明かりを消して寝るわよ」
「はーい」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
子どもたちが口々に挨拶をすると、ばさばさとシーツをかける音がして、程なく静かになり、明かりが消えた。
背後から差し込む月明かりの元、目を見開き、口をぽかんと空いたまま、マリーは呆然と立ちすくむ。
(いったい、どういうこと)
惑う間に、思考が高速で回される。
日照り。育たなない作物。引いて歩いた痩せた牛。
お腹を空かせた子どもたち。
お湯に塩を振っただけのような貧相な食事。
汚れた衣類を洗えもせずに、毎日着回す日々。
髪も肌もまともに洗えてはいなかった。
故郷の情景が走り抜け、次いでルットの姿がよぎった。
イーノック領主にも事情があるのだと分かった。
ハウイット領主が陰ながら手を差し伸べていることも分かった。
(イーノック領主は元が悪い人ではなくて、状況がそのように人を導いたのよね。子どもたちが保護されて、守られているなら、まだ引き返せる。
これ以上、罪を重ねてはいけないわ。
きっとあるはずよ。私たちが生きて、不遇なイーノック領主さえも生かされる道が!)
寝静まった子どもたちを起こさないように、マリーはそろそろと階段をのぼり始めた。月明かりに照らされた眼光が鋭く光る。




