迎えの車
「行ってきます。お母様、ミッチー」
十時過ぎ頃、梨咲ちゃん家のお迎えの車が到着したと千代さんに告げられ、道彦に行ってきますのスリスリ。
「いってらっしゃい、お姉さま」
「小町ちゃん、楽しんでらしてね♪」
お母様から、ティーカップ二客分のお金も頂いて玄関を出る。
玄関先の車止めには、梨咲ちゃん家の白い車、タイヤまで白いわ。
蘆屋家の車より、一回り……いいえ、二回り大きいわね。
そして、何より……屋根も窓も有りますわ!
車に近付くと油小路家の新しい執事さんが、後部のドアを開けて下さって中に乗り込む。
「お早う、梨咲ちゃん、忍ちゃん♪」
「お早う、こまっちゃん♪」
「お早う御座います、小町さま♪」
車内も外観通り広々としている。
忍ちゃんの隣に腰を下ろすと、何故か昨日と同じくマナちゃんが乗り込んできて、私の膝の上に収まる。
「ふふ♪マナちゃんもお早う♪」
「お早う御座います、マナさま♪」
まあ、お二人も良い様だし、マナちゃんも一緒にお買い物ですわ♪
そして、ゆっくりと車は動き出し、蘆屋邸の門をくぐる。
マナちゃんが乗り込んだ事も有ってか、車内はとっても温かい。
でも、やっぱりそれだけでは無いわね。
「はぁ~、羨ましいですわ……」
「何がですの、小町さま?」
「梨咲ちゃん家のお車には、窓が……外から冷たい風が入ってきませんわ」
「ああ、そう言えば、こまっちゃん家の車は窓が付いて無い車だもんね。でも、蘆屋家の財力ならもっと良い車買えると思うんだけど……なんで?」
「梨咲さま、小町さまに失礼よ」
「忍ちゃん、いいのよ。大した理由じゃ無いもの。あれは、お爺様のご趣味でしたの。お母様曰く、本当は屋根も無いオープンカーを買おうと企んでらっしゃったそうですけれど、お母様が雨が降ったら困りますと言って、断固反対なさったみたいなの。それで、お爺様とお母様の要望の折衷案という事で、お父様があの車に決めたらしいの。でも、お爺様もお亡くなりに成ったし、そろそろ買い替えて欲しいですわ」
「へー、そうなんだ、こまっちゃんは新しい車に乗り換えたいのね……あ、そうそう、乗り換えると言えば、しのちゃんのお馬さんも、引退したのよね」
「ええ、愛馬のグラニ号は今年で二十七歳……さすがにもう、背中に乗るのは可哀そうに成ってしまって、牧場でゆっくりと余生を送らせて差し上げようかと」
忍ちゃんの趣味は乗馬よ。
儚げな容姿とは裏腹に、文武両道なお姫様ですわ。
忍ちゃんの話では、鍋島家は代々武闘派の家系だとか。
因みに、彼女は薙刀の名手でもあるの。
「じゃあ、しのちゃんは新しいお馬を探しているのね」
「ええ、いい子が見つかればいいのだけれど……」
「ふ~ん。こまっちゃんは車で、しのちゃんはお馬ね……」
「如何しましたの、梨咲ちゃん?」
「え、何でも無いわ。そうそう、こまっちゃんのおねだりは上手く行ったの?」
「ふふ♪取り合えず、ティーセットの方は保留に成りましたけれど、ティーカップは二客購入することに成りましたわ」
「二客?」
「ふふふ♪私とお母様の分ですわ♪」
「ああ、成るほどね♪しずか叔母様らしい♪」
「ところで、ティーセットに浮かれて、お聞きしていませんでしたけれど、お二人のお目当ては何ですの?」
「私は、ドイツ製の万年筆ですわ♪」
「文房具なんて、しのちゃんらしいけど、お洋服とかにすれば良いのに」
「私に西洋のお洋服なんて似合いませんわよ。お着物で十分ですわ♪」
忍ちゃんなら、着物も洋服も似合うと思うのだけれど、御自分の容姿の良さにお気付きに成ってい無くて謙虚なのは、忍ちゃんの良い所でもあり、同じ二つ名を持つ現代のお姉ちゃんとの決定的な違いね。
「それで、梨咲ちゃんのお目当ては?」
「私は、ケーキよ♪なんでも、期間限定のお店を出すらしいの。フランスからパティシエも呼んだらしいわ。本場のケーキよ、楽しみ♪店内でもお席が有って、美味しい紅茶も出してくれるって」
「美味しいケーキと紅茶ですの。それは私も楽しみですわ♪」
そうこうしている内に、車は日本橋の網乾屋百貨店の前に……でも、これはいったい如何したのかしら?
警官や軍服姿の方達が大勢。
それと、野次馬の方達も。
何だか、物々しい雰囲気ですわ……。




