8、スチュアート公爵邸での暮らし
「美味しいっっ!!」
夕食の豆のトマトソース煮込みを一口食べて、私は叫んだ。
「あらあら、本当に? こんな年寄り料理ばかりで嫌じゃなかった?」
「いいえ。とても美味しいです。何を食べても最高です!」
豆の煮込みは貧民の大衆食堂でも食べたが、もっと薬臭くて味の薄っぺらいものだった。
それに比べてこれはトマトソースが濃厚で、焼きたてのパンは柔らかく、とうもろこしのスープも素材をまるごと使った贅沢さがたまらない。
「若いあなたたちならお肉料理が食べたいでしょうけど普段食べないものだから無くてごめんなさいね。その代わりに魚は豊富なの。今日のメインはニジマスのムニエルよ」
屋敷の前には大きな湖があった。
屋敷の外に出ることは禁じられているため外観は分からないが、湖畔に建つ小さなお城のようだ。
部屋の窓からはアルフォード家の広大な森と、青く輝く美しい湖が見えていた。
森の中のホテルにいるようで、とても居心地がいい。
「レイラはナイフとフォークの使い方がとても上手ね。これなら貴族テストは問題なさそうね」
「はい。テーブルマナーは得意です」
私は大丈夫だが、ネロの方は……。
「ああ、いけませんよ。スープは前からすくって飲むんです。もう一度!」
シモンヌがつきっきりでテーブルマナーを教えている。
手先の器用なネロだが、さすがに初めてのことばかりで四苦八苦しているようだ。
ゆっくり味わう余裕もまだない。
「あなたは読み書きもとても上手だと聞いたわ。どこかで習ってたのかしら?」
幸いなことに前世の学力があれば、貴族試験とやらは余裕で合格できそうだった。
「いいえ。私は……その……勉強が好きで独学で……その……」
苦しい言い訳を考える。
「まあまあ、独学でこれほどの知識を身につけるなんて素晴らしいわレイラ」
なんでもすぐに信じてしまうステラ夫人に嘘をつくのは心苦しい。
「ザックもとても優秀な子だったけど、あなたはそれ以上かもしれないわね」
「ザック?」
私は初めて耳にする名前に首を傾げた。
「あら、ザックのことは言ってよかったかしら。もう言ってしまったからいいわね」
頼むからステラ夫人に隠し事なんてさせないであげて欲しい。
何か聞いてはいけない内容があるなら、私が大人の対応で知らないフリをするから。
「ザックは……私の大切な息子なの」
「息子? でも後継はいないって言ってませんでしたか?」
そんな人がいるなら私とネロを養子にする必要もないはずだ。
ここに来て三日が過ぎたが、屋敷の中にはそれらしき人物がいるようには思えない。
「そうね。後継にはなれないの。でも息子なの」
ステラ夫人は少し淋しげに瞳を伏せた。
そこで私はハッと気付いた。
(もしかして亡くなったのかしら?)
「ネロの着ている服は全部ザックが子供の頃に着ていた服なのよ。あの子も金髪で青い目をしたとても美しい子だったわ。ネロを見ているとあの頃のザックを思い出してしまって……」
ステラ夫人は丸メガネをはずして、涙を拭った。
これは間違いない。
若くして亡くなったんだ。
「ザックは読み書きも政治経済も算術もよく出来る子だったわ。馬術も剣術もなんでもすぐに習得したの。でも一つだけ致命的な欠点があったのよ」
「致命的な欠点?」
「それはアルフォード家の人間には必要不可欠な能力で、ザックはずいぶん長い間苦しんでたわ」
もしや、その致命的な欠点のせいで自殺を?
あまり無理に聞き出さない方がいいのかもしれない。
でもそのアルフォード家の人間に必要不可欠な能力っていうのが気になる。
「これは言ってもいいかしら。勝手に言ったら怒られるかしら。でもここまで言ったのなら言ってしまいたいわ。ああ、でもザックに怒られるかしら」
いや、もう言って!
死んだ人間が怒ったりしないから、言ってしまって。
私が気になってしょうがないから。
「あら、メインのニジマスのムニエルが来たようだわ。温かいうちに頂きましょう」
しかしメインディッシュの到着と同時にステラ夫人の関心はすっかりそれてしまった。
だがその翌日のシモンヌの授業で、答えを知ることになった。
次話タイトルは「ザックの致命的な欠点」です




