9、ザックの致命的な欠点
「今日の授業はこの部屋で受けてもらいます」
朝から連れてこられたのは、私にとってはとても馴染み深い匂いのする部屋だった。
「ここは……」
私とネロは部屋の中を見渡して目を輝かせた。
他の部屋と違って殺風景で、小さな屋根裏のような部屋だ。
キャンバスを乗せるイーゼルがいくつか置かれていて、部屋の隅には仕上がった絵がたくさん立てかけてあった。
「絵の具!」
私は思わず叫んでいた。
それはガラスのビンに入った五色の絵の具だった。
私の使っていたアクリル絵の具とは違うが、この世界でまた絵の具に出会えたことが嬉しかった。
ジュラルミンケースをセリーヌに奪われて、もう絵を描くこともできないと思っていた。
セリーヌを探し出して返して欲しいところだが、今の状況では難しい。
「絵の具を知ってるのですか? だったら良かったわ。アルフォード家の領地に住む貴族は、たしなみの一つとして絵を描けるようにならねばなりません。また、秀でた才能があれば、少々身分が低くとも、アルフォード様に気に入られて重用されますから」
「じゃあ昨日ステラ夫人が言っておられた必要不可欠な才能というのは……」
「そうです。このことです。貴族テストまでに二人には作品を一つずつ仕上げてもらいます。合否にはあまり関係ありませんが、参考資料として納めねばならない決まりです」
楽勝だ。
芸術として優れたものではないかもしれないが、最低限の構図とデッサン力はある。
腐っても元美大生だ。
「布を張ったばかりのキャンバスがここに幾つかあります」
シモンヌは隅に置かれたキャンバスを取り出した。
「あら? これはもう描いてるわね。どこに置いたかしら?」
あれこれと取り出す作品の一つに私の目が止まった。
「これは……肖像画ですか?」
人らしきものが描かれている。
「ああ。それはザック様が子供の頃描かれた自画像ですわ」
「自画像?」
私はそのキャンバスを凝視して固まっていた。
「あの……ザックさんは金髪に青い目の美しい少年だったのでは?」
「ええ。そうですよ。とても美しい少年でした」
「でも、これは……」
右から見ても、左から見ても、上から見ても、下から見ても。
とりあえず美しくはない。
それどころか人間かどうかも怪しい。
ついでに言うと、なんで頭の上に花が一本刺さってるのか。
さらに言うと、鼻の位置がどう考えてもおかしい。
もっと言うと、口が二つある。
「ピカソ?」
落ち着いて見てみよう。
もしや突き抜けた才能が隠れているのかもしれない。
遠くに離して見ると、人間の悲哀のようなものが浮かんでくるとか?
いや、ないな。
片目をつむって見ると、確かな構図を感じるとか?
いや、ないない。
「ああ。ザック様は残念ながら絵の才能だけは皆無だったようですので、ここにあるザック様の絵は参考になさらないで下さいね」
やっぱり?
はっきり言ってしまうと、ド下手よね。
いや、死んだ人のことは悪く言うまい。
でもそれにしても……。
「ふふ。これってもしかして馬を描きたかったのかしら?」
胴長短足で、顔が長すぎて何故かしゃくれた顔の茶色い物体が描かれている。
風景画は遠近感がなくて、山も木も湖も平面に混在している。
どの絵もなんとなく何を描いたのかは分かるけど……全然違う。
思わず笑いがこぼれるほどひどい。
ザックさんって……なんか憎めない。
とても優秀な美少年だったらしいけど、そこまで完璧なくせに絵がこれって笑える。
「あら、これは?」
そんな中で一つだけまともな絵があった。
「ああ、それはご友人が描かれたザック様の肖像画です」
「じゃあ、これがザックさんの姿……」
それはステラ夫人が言ってた通りの金髪に青い目の、とても利発そうな少年の絵だった。
「お会いしたかったな……」
生きてる時にひと目でも会ってみたかった。
生きていたら、きっと今頃は素敵な青年になってるに違いないと思える容貌だった。
次話タイトルは「珍しい訪問客」です




