52、密告
「そなた、こんなところで何をしている」
麗人の斜め後ろに立つ男が尋ねた。
「あ、あなた様は……?」
セリーヌははみだした口紅のまま、呆然と呟いた。
二人の男は、そのひどいメイクの顔に一瞬ひるんだものの、コホンと咳払いをして後ろの男がもう一度尋ねた。
「こちらが尋ねている。答えよ。何をしている」
詰問されてセリーヌは慌てた。
「け、化粧を……。化粧をしていただけです」
「化粧を? こんな暗闇に一人で?」
「は、はい。ま、街で買ったばかりでどうしてもすぐに使ってみたくなったので……」
セリーヌは苦しい言い訳をした。
「その銀のケースはなんだ? お前のものか?」
「は、はい。これは私のものです。女性のメイク道具です。貴族様の男性が見ても面白いものではありません」
セリーヌは慌ててメイク道具を片付けて、一段目の絵の具道具もしまった。
「面白いかどうかはこちらが決めることだ。いいから、見せてみよ」
セリーヌは青ざめた。
そして、はっと思い当たった。
「も、もしやあなた様はアルフォード様のご子息では? ロリポップの絵師を探しておられるのではございませんか?」
「……」
麗人たちは顔を見合わせた。
「いかにも。そなた何か知ってるのか?」
「はい。実はこの先のミリセント教会に入っていくところを見たんです。今ならまだ、そこに潜んでいるはずですわ。すぐに捕まえて下さいませ」
「……」
二人の男は一瞬黙りこんだ。
そして今度は手前の麗人が初めて口を開いた。
「ほう。なるほどな。そういうことか」
「え?」
セリーヌはシルエットで見えないはずの男の口元が、なぜか微笑んだように思えた。
「お前はなぜその絵師のことを知っている? なぜアルフォード家の子息がその者を探していることまで知ってるんだ?」
「そ、それは……」
セリーヌは口ごもる。
そして更にたたみかけるように男は詰問した。
「その銀のケースは絵師のものだな? なぜお前がそれを持っている? 申してみよ」
セリーヌはごくりと唾を飲み込んだ。
これはまずいとようやく気付いた。
すべて見通されているらしい。
必死で言い訳を考えて、話しながらつじつまを合わせる。
「こ、こ、これは……その……実は絵師に脅されて、このケースをこの丘に隠すようにと。そ、そうですわ。ここに穴を掘って隠すようにと脅されたのでございます。言うことを聞かなければ私の大切な家族がどうなっても知らないと。恐ろしい女なんです。それで中に何が入ってるのかと確かめていたのでございます。ああ。ここでご子息さまにお会いできて助かりました。もはやすべて正直に話しますわ。どうか、どうか私と家族を助けて下さいませ」
セリーヌは両手を前で組んで祈るように懇願した。
「なるほど、そんな恐ろしい女に脅されたのか。それは気の毒だったな」
麗人はすんなりとセリーヌの言葉を受け入れた。
セリーヌはホッと安堵の息をもらす。
世間知らずの貴族は、案外ちょろいのかもしれないと調子にのってきた。
「はい。本当にひどい女で、少しばかり美しいからと、それを鼻にかけ男達を手玉にとって騙しているのでございます。どうかあの恐ろしい絵師を捕えて厳しい罰を与えて下さい」
麗人は鷹揚にうなずいた。
「ふむ。厳しい罰か。例えばどのような罰がいい?」
思いがけないことを問われ、セリーヌの中に残酷な心が芽生える。
「そ、そうでございますわね。まず縄でしばって町中を引きずりまわすのです。大罪人だと街中に知らせるのですわ。それからムチで死ぬまで打つのです」
それはまさに自分が先ほどされたこと。
そして捕まった後、受けるはずだった刑罰だ。
レイラがそこから救ってくれたことなど、ネロを木片で殴りつける道を選んだ瞬間から、忘れてしまっていた。
悪魔に心を売った者に、良心の呵責を感じるまっとうな道など残されてはいない。
セリーヌにはネロを匿い、恩あるレイラを助ける選択肢もあった。
物語にも人生にも、時に悪役を演じる者が必要なことはある。
だが神は気の毒な悪役にも必ず善意の道を用意している。
悪役しか選べない人生を歩ませるほど、神は無慈悲ではない。
選ぶのは本人だ。
選んだのはセリーヌ自身だ。
自分を悪魔にするのも、鬼にするのも本人にしかできない。
そして選んだものの後始末は、自分でつけなければならない。
「そ、そうだわ。あの美しい顔に醜い傷跡をつけるというのはどうかしら。美しいことを鼻にかけたあの女には一番堪えるはずだわ。ブスと言われる人間がどんな気持ちになるのか思い知ればいいのよ」
もちろんセリーヌは、レイラがそのブスの中でも最下層のブス人生を二十年間歩んできたことなど知るはずもない。
麗人はセリーヌの暗い申し出に深く頷いた。
「いいだろう。そなたの申す通りにしてやろう」
「ほ、本当ですか?」
セリーヌは嬉々として目を輝かせた。
だが。
麗人の次の言葉で凍りついた。
「お前をな」
次話タイトルは「ロイの正体」です




