51、セリーヌ、ロイに見つかる
「ロイ様、絵師の行方を追っていた者より報告が参りました」
ウッズは馬車を停め、配下の者の話を聞いてロイの元に戻ってきた。
すっかり日も暮れて、馬車には外灯の明かりだけが差し込んでいる。
「どうなった? 早く申せ」
ロイは金の髪をイライラとかきあげ、ウッズの返答を急かした。
「はい。絵師も銀のケースの少年もミリセント教会に入ったもようです」
「ミリセント教会? あのずいぶん昔に後継のないまま遺跡と化した教会か? なんだってあんなところに? 隠れるにしてもあんな廃墟では夜風も防げない」
「分かりませんが、なぜか少年と一緒にいた若い女性だけ教会から出て来たようです」
「少年を連れて行くだけの役目だったということか」
「それが……その者の手には、あの銀のケースがあったという報告です」
「銀のケースが? そんなはずは……」
ロイは考え込んだ。
「その者の行方も追っているんだろうな?」
「はい。ちょうどこちらに向かってるようです。間もなく行き違うでしょう。どう致しますか? ロイ様」
ロイはしばらく考えてから告げた。
「よし。私が直接話しかけてみるとしよう。行くぞ、ウッズ」
「かしこまりました」
ウッズは馬車を降り、扉を開いて主君を恭しく待った。
◇
その頃、セリーヌは大通りをそれて人気のない小高い丘の上にいた。
遮る雲一つない満月が丘の上に一本だけ立つ大木を照らしている。
煌々と照らされた木の下で、鍵を挿してそっと銀のケースを開く。
「凄い……。なにこれ?」
化粧をしてもらった時はじっくり見てる暇がなかったが、よくよく見ると不思議なものばかりが入っている。
「これは一体なにで出来てるの? こんなもの見たことがないわ」
プラスチックもアルミもセリーヌには見覚えのないものばかりだった。
「なんなの、あの子。一体なに者なの? どこからこんな物を手に入れたの? やっぱりアルフォード様のお屋敷から盗んだのかしら? 綺麗な顔して恐ろしい子」
絵の具道具の隅には、レイラが最後にあわてて入れていた現金が丸めて入っていた。
レイラが捕まった時はネロが使えるようにと入れた全財産だった。
「10000ルッコラのお札まであるわ。貧民のくせにどうやってこんな大金を手に入れたのかしら。絶対おかしいじゃない。何か悪いことをして手に入れたに違いないわ」
そう言いながらもにやりと微笑んだ。
「これだけのお金があれば、貴族さまのようなワンピースが買えるわね。バッグも髪飾りも。みんな羨ましがるわ。ふふ、見てなさい」
セリーヌはお金を掴んで自分のポケットにねじこんだ。
そして上の段の絵の具のケースを取り出して、下の段のメイク道具を見回した。
「確かこの透明のテープ。これを切って貼ってたわよね。それからこの肌色の太いペンのようなものと……。きゃっ! なにこれ?」
セリーヌは歌舞伎顔パックを取り出して悲鳴を上げた。
「やだわ、恐ろしい。顔の形になってるけど、これを付けて人を脅かすつもりかしら。あの子って絶対怪しいわ。ああいういい子ぶってる子に限って陰で何やってるか分かったもんじゃないのよ。ケン坊ちゃんもあんな子とは早く縁を切った方がいいわ」
ブツブツ言いながら、見よう見まねでフェイスリフトテープを切って顔に貼ってみる。
「ケン坊ちゃんはあの子を迎えに行くなんて言ってたけど、絶対やめた方がいいわ。あんな子に関わりあったらケン坊ちゃんまで不幸になるわ。私だったら何を捨ててもケン坊ちゃんを選んで、従順ないい奥さんになるのに。なんだってあんな生意気な子がいいのよ」
あれほど冷たくあしらわれても、セリーヌはまだケンに未練があった。
「この魔法のケースで私がもっともっと美人になったら、ケン坊ちゃんもきっとあんな子のことは忘れて私を好きになってくれるはずだわ」
ぺたぺたとテープを貼って、化粧が剥げてあらわになったにきび痕にコンシーラーを塗りたくる。そして口紅をレイラがやってたのを思い出しながらぐりぐりと塗りつけた。
「適当に塗ったけど、魔法の道具なんだもの。美人になったはずよ。ほら」
セリーヌは手鏡を持って自分の顔を見た。
月明かりでははっきりと見えないが……。
「あれ? おかしいわね」
よく見えないにしても酷いのが分かった。
テープは丸見えだし、コンシーラーは浮き上がり、口紅ははみ出している。
「こんなはずはないんだけど……。だって、あの子もこんな感じで適当にやってたじゃない」
もちろんレイラは適当になどやってない。
長年の慣れと技術が、いとも簡単にやっているように見せただけだ。
実際には、誰も真似できない高度なメイク力の賜物だった。
「ちょっとどういうことなの? もしかして何か呪文みたいなものがいるの? メイクした時に何か言ってたかしら。それとも他になにか粉でもふりかけるのかしら」
セリーヌはガチャガチャとケースの中を引っ掻き回した。
そして夢中になって魔法の道具を探していたせいで、人が近付いていたことに気付かなかった。
月明かりに照らされていたケースに、すっと影が出来てようやく顔を上げた。
「あっ!」
そこには……シルエットだけ見ても、平民のセリーヌが出会ったこともないような麗しい装いの男が二人、月明かりをバックに立っていた。
次話タイトルは「密告」です




