53、ロイの正体
「この女を捕えよ!」
麗人が叫ぶと、どこに隠れていたのか、大勢の男達がわらわらと丘の上に駆け上がってきた。
「えっ! ちょ……ちょっと待って! 待って下さい! 私は何もしてません! 私は絵師に脅されて仕方なく……」
「脅されて仕方なくと言うわりに、ケースの中の道具を使って化粧したようだな」
はっとセリーヌは自分の顔に両手を当てた。
「こ、これは……これは……」
あわてて口紅を拭おうとしたが、かえって顔中にのびてしまった。
「その道化師のような化粧がなによりの証拠だ。お前のクズのような言い訳などもう聞きたくない! 早くこの者をひっ捕らえよ! 一番極悪人が入る牢屋に連れて行け!」
セリーヌは「ひいいいい!」と断末魔のような叫び声をあげた。
「違います! 違います! どうかお許しを……」
セリーヌがどう叫んでみたところで、すべて遅かった。
縄でぐるぐるに縛られ、男たちに引きずられていく。
「どうかお慈悲を。どうか……」
必死で訴える声が丘の上に響いていたが、やがてそれも遠のき、ロイとウッズだけになった。
「とんでもない女でございましたね、ロイ様」
「ああ。どうやら絵師を裏切って、この銀のケースを奪ったようだな」
二人は鍵を挿したまま広げられたジュラルミンのケースを見下ろした。
「これは……なんですか? 絵の具でしょうか?」
ウッズは膝をつき、中のものを確かめた。
「ああ。そのようだな。見たことのない道具ばかりだが。そして下の段に化粧道具が入っているらしい」
ロイも膝をついて上の段をひょいと持ち上げた。
そこには思った通り、メイク道具がそろっていた。
「ソフィーの言った通りだな」
「ソフィー様の?」
ロイはくすりと微笑んだ。
「ああ。内緒にすると魔法使いと約束したと言っていたが、ちょっとカマをかけるとポロポロしゃべってしまうからな、ソフィーは」
ウッズもくすりと笑った。
「ソフィー様は同母の兄のレナルド様よりロイ様の方になついておいでですね」
「ああ。私も大切な妹だと思っている。魔法使いを見つけて欲しいと泣きながら頼まれた」
「まさかその魔法使いが、以前マッチのケースを買ったあの少女だとは思いませんでした」
「ああ。私もだ。先日倉庫で見かけた時は、あまりに服装が変わっていて気付かなかった。それに……」
「それに?」
ウッズは他にも何かあるのかと首を傾げた。
「いや、なんでもない。それだけだ」
ロイは何かを言いかけたものの、それ以上は口をつぐんだ。
「ともかく絵師のところに行こう。早くしないとレナルドに見つかってしまう」
「はい。ではミリセント教会へ向かいましょう」
ウッズが銀のケースを閉じて手に持ち、ロイが抜き取った鍵を受け取り、二人は丘を降りていった。
◇
レイラはもちろん、あの黒馬車の王子様がアルフォード家の長男のロイだとはまだ知らない。
そればかりかソフィーと一緒にいた男を次男のレナルドだと思っていた。
ロイとはアルフォード邸で謁見した男の方だと思っている。
だが。
現在、ジュラルミンケースも奪われ一文なしのうえ、怪我をしたネロと二人で凍てつく寒さの荒れ果てた教会にいる絶体絶命のレイラには。
すべてが、もはやどうでもいいことだった。
次話タイトルは「天に召される姉弟?」です




