54、天に召される姉弟?
この異世界にレイラが転生したのは年の瀬のことだった。
あれから二ヶ月弱が過ぎたのだろうか。
前世でいくと二月下旬といった時期だ。
一番寒い季節の、一番寒い夜だった。
死を間近に感じる寒さだ。
怪我をしたネロを抱えたまま、レイラは途方にくれていた。
ネロの服もレイラの服も血で真っ赤に染まっている。
どこか民家に助けを求めにいっても、大騒ぎになって却って見つかってしまう。
それにこの非情な異世界に、貧しい貧民の姉弟を助ける親切な大人がいるとは思えなかった。
そしてなにより……。
レイラは疲れ果てていた。
ずいぶん昔のように思えるが、昨晩はヨハンに暴力を受けたネロを抱き締め、怒りと今後のことを考えて一睡もしていない。
さらにはその前の晩もアルフォード家に行く緊張であまり眠れないまま、朝早くに出発している。
もう三日、まともに眠っていなかった。
しかも今日は朝から怒涛の出来事の連続で何も食べていない。
何かを考えて行動するエネルギーとなるものが残っていなかった。
そしてそれは傷ついたネロも同じだった。
「疲れたね、ネロ。こんなに遠くまで歩いたことないでしょう?」
「お姉ちゃんこそ、ずっと走ってきたんでしょ?」
二人で体を寄せ合って祭壇に寝転んでいた。
貧しい姉弟には、もはや何も無かった。
魔法の銀のケースも。
必死で稼いだお金も。
健康に動き回れる体力も。
帰る家も。
帰る場所も。
「お腹がすいたね。少しだけでもお金をポケットに残しておけばよかったね」
追っ手に捕まるなら、すべてネロに渡そうと思ったのが裏目に出た。
今さら悔やんでも仕方がないけれど。
私はゴソゴソとポケットを探った。
「あら? これは……」
ポケットの中には、以前サンドラ令嬢に踏みつけられた不良品のマッチケースが入っていた。
中にはマッチが一本だけ使い残している。
これはもしかしてマッチ売りの少女のエンディングでは……。
私はそのマッチを床で擦った。
すぐにぽうっと火が灯る。
「あったかい……。ネロ手を当ててみて。暖かいわ」
ネロは小さな手を火に近づけた。
「ほんとだ。あったかいね。あ、見て、火の中にご馳走が見えるよ」
たった一本のマッチとは思えない大きな火の中に、確かにご馳走が見えた。
前世の家のリビング。
テーブルにはご馳走が並んでいる。
お母さんが得意なロールキャベツと唐揚げ。
かぼちゃのグラタンに、餃子に焼き鳥。
ふふ。この異世界では見たことのないものばかり。
お母さんがエプロンをつけて笑ってる。
お父さんが待ちきれずにつまみ食いをして怒られてる。
直子はソファで真っ赤なマニキュアを塗りながら呆れてる。
ああ。
懐かしいなあ。
ほんの数ヶ月前のことなのに、直子でさえ懐かしい。
「暖炉があるね。あったかい……。お母ちゃんとお父ちゃんが笑ってるよ」
ネロは違う幻を見ているらしい。
そうか。
人はこんな風に死んでいくのね。
この体の本来の持ち主がそうしたように。
私もどうやらここでエンディングを迎えるらしい。
「ごめんね、ネロ。本当はもっと素敵なエンディングにするつもりだったのに」
「ううん。僕はお姉ちゃんと最後まで一緒にいられて幸せだったよ」
「ヨハンよりも私を選んだことを後悔してない? 私を選んでなければ、もう少し長生きできたかもしれないのに」
「全然。僕は今こそお姉ちゃんを選んで良かったと思ってるよ。こんな淋しい場所でお姉ちゃんが一人で死んでいかなくて良かった」
「ネロ……」
火の消えたマッチを置き、ネロをもう一度ぎゅっと抱き締めた。
「私達、がんばったよね。精一杯生き抜いたよね」
「うん。お姉ちゃんはいつも全力だったよ」
「じゃあそろそろ休んでも許してくれるよね」
「うん。僕も疲れたよ。もう眠くなってきた」
「私もすごく眠いの。眠りましょう、ネロ。きっと天使が迎えに……きて……くれ……る……」
「……」
憐れな姉弟は抱き合ったまま、荒れ果てた教会の凍るような祭壇で永遠の眠りについた。
永遠の眠りに……。
永遠の……。
「……っ!!!?」
深い深い眠りから覚めた私は、なぜかふかふかのベッドの中にいた。
高い天井。
火の入った暖炉。
豪華に彩られた壁。
暖かな日の差しこむ大きな窓。
ど。
「どーゆーこと??」
第二章 完結です。
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次は第三章「レイラ、貴族になる」です




