34、報われることのない想い
「ザックはもう帰ったの?」
ザックが部屋を出たあとしばらくして、ネロが寝室にやってきた。
「ネロ。目がさめちゃったの? いつもはまだ寝ている時間でしょ?」
ようやく日が昇り始めたとはいえ、いつもより早い時間だ。
「うん。でもお姉ちゃんが目を覚ましたか心配で」
「ネロにも心配かけちゃったのね。ごめんね。あまり寝てないんじゃないの?」
私はネロをベッドの布団に入れてぎゅっと抱き締めた。
「ううん。僕よりザックの方が寝てないと思うよ」
「え?」
そういえば、私がどんな風に帰ってきたのかも聞かなかった。
問われるままにレナルド様となんの会話をしたのか話したあと、ザックは仕事があるからと慌ただしく帰っていってしまった。
もしかして一睡もしてないの?
「あの……ネロ。ゆうべザックがなんで助けにきてくれたのか話してくれる?」
「え? ザックから何も聞いてないの?」
私の話が終わって今度は私が質問しようとしたところで帰ってしまったのだ。
「うん。そうなの。だから詳しく教えて」
そして。
ネロの話をすっかり聞いたあと、私はザックを破廉恥呼ばわりしたことを大いに反省していた。
「じゃあ私の描いた似顔絵でレナルド様だと気付いて、駆けつけてくれたの?」
「そうだよ。お姉ちゃんを抱っこして戻ってきた時は、僕もおばさまも驚いたんだ」
「だ、だだ、抱っこ? ザックが?」
その光景を思い浮かべて、心の中で悲鳴を上げた。
うきゃあああ。
それって、それって、まさにお姫様抱っこってやつよね。
そんなの前世で二十年間生きてもされたことなかったのに。
「ザックは王子様みたいで、お姉ちゃんはお姫様みたいで素敵だったよ」
うんうん、なんていい子なの、ネロ。
そうだわ。
「ネロ。それは絵に描いて残しておくべきだわ。是非ともそうしなさい」
「え? そうだね。うん、分かった」
「描けたら私にちょうだいね。この部屋の真ん中に飾るから」
「うん、いいよ」
よし! 宝物ゲット!!
いや、喜んでる場合じゃなかった。
「じゃあ、あの恐ろしいレナルド様から私を助けてくれたってこと?」
影武者という立場でそんなことが出来るんだろうか?
それともロイ様のフリをして助けてくれたの?
それはそれでバレたら大変なことになりそうだけど。
あのレナルド様だもの、バレたら半殺しにされるわ。
そんな覚悟で助けにきてくれたの?
「そうだよ。ベッドに寝かせた後も、オロオロするおばさまを落ち着かせて医師様を呼んだりシモンヌに着替えを命じたり、全部ザックがやってくれたんだ。その後も自分が診てるからって僕とおばさまは寝るようにって言ったんだよ」
私はさっきザックを詰ってしまったことを激しく後悔した。
私ったらそういえばザックにちゃんとお礼も言ってなかったんじゃない?
ザックの気も知らずに、裸を見られたのかもという気恥ずかしさでなんてことを。
申し訳なさと共に、寛容に聞き流してくれたザックがとても大人に思えた。
前世の青沢さんもそうだったけど。
いつも優しい人だったな。
私が絶世のブスであっても、貧民出身であっても。
私を人としてまるごと受け入れてくれる男性は、いつも青沢さんだけだった。
誰にも見つけられないまま捨て置かれた泉のような私の心を、いつも優しくかき回して波立たせて去っていく。
報われることのない想いだけを植えつけて、行ってしまうくせに……ね。
「罪な人……」
さみしげに呟く私に、ネロが首を傾げている。
「ううん、何でもないわ、ネロ。それより大急ぎでやらなきゃならないことがあるの」
「やらなきゃならないこと?」
「そうよ。レナルド様のせいですっかり忘れてたけど、そのために私はユニコーンの乙女会に行ったんだもの」
とりあえずレナルド様にはもう二度と会わないということで、ゆうべのことは忘れることにするわ。
あの最低男よりも、私にはもっと大事な人がいるんだから。
「エミリアのお父様の事件を探るのよ」
「ええっ?! 探るってどうやって?」
ネロはもう不安そうな顔になっている。
「大丈夫。今度は慎重にことを進めるわ。まずはエミリアと仲の良かった令嬢たちの情報を聞き出すのよ。すでに約束は取り付けてるわ」
「すごいね。さすがお姉ちゃん。でも本当に大丈夫?」
ネロは感心しながらも、トラブルばかり引き起こす無鉄砲な姉を心配している。
「大丈夫よ。このスチュアート邸で会うから。ザックもこのお屋敷にいる限りは安全だって言ってたし。ここですべての謎を解明するわ」
自信たっぷりに言ってたけれど。
その日の午後、思いがけないところからトラブルが舞い込んだ。
次話タイトルは「ピンクダイヤモンド」です




