29、レナルドの言い分
部屋はしずまり返っていた。
真っ暗な中で、外から差し込む淡い月明かりだけがうっすらと部屋の中を照らしている。
「レイラッ!」
スポットライトのように差し込む月明かりがベッドの人影を映していた。
天蓋から垂れる織布が一ヶ所だけ幕を開けるように仮留めされて、ベッドの中に人が横たわっているのが見えていた。
ゆっくりとベッドに近付く。
徐々に全体が見えてくる。
「レイラ?」
見たことのない紫の豪華なドレスを着ている。
両手を胸で組んだまま横たわった女性。
すぐそばにまで近付いても身動き一つしない。
そして真横に立ったロイは、衝撃が体を貫くのを感じた。
「レイラ……」
月光で輝く金の髪をリネンに広げ横たわるレイラ。
まぶたは閉じられているが、ロイが初めて見る化粧をしたレイラだった。
透き通った白い肌は完璧な工程で仕上がったビスクドールのように美しく、小ぶりな鼻は中央に細く尖った起伏を作り、まだあどけなさを残した口元は形よく閉じられている。
黄金色のまつ毛は長い影を落とし、眉は無防備に弧を描いている。
その圧倒的な美しさに、改めて感動した。
それと同時に怒涛の不安が押し寄せる。
「まさか……」
その美しさは、すでに天に召された天女に思えた。
「そんな……」
足元が崩れるような絶望が心を満たしていく。
とてつもなく大切なものを失ったような絶望。
しかしその時。
「死んでないよ」
ふと背後から低い声が響いた。
「!」
驚いて振り向いた先には、部屋の隅に置かれた椅子に足を組んで座る男が。
「レナルドッ!!」
男の正体が分かった途端に、再び激しい怒りが込み上げてきた。
「お前はっ! 彼女に何をしたっっ!!」
ロイはレナルドに飛びかかり、胸倉をぐいっと掴み上げた。
そのまま拳を振り上げる。
「なにもしてないよ。顔を殴らないでよ。母上に捨てられるから」
レナルドは両手を上げて降参を示した。
「なにもしないで何故こんなところに横たわってるんだっ! ふざけるなっ!!」
「そりゃあ今からいろいろしようと思ってたよ。でも兄上の声が聞こえたからね」
レナルドは胸倉をつかまれたまま肩をすくめた。
「なぜこんなことを……。彼女がお前に何をしたっ!」
「何もされなくてもムカつく人っているじゃない。貧民のくせに令嬢気取りの女とかさ」
「お前ってやつは……」
ロイはぐっと拳を握り込んでから、必死の理性でなんとか抑えた。
その代わりに胸倉を掴んで持ち上げたレナルドの体を床に叩き付けた。
どうっとレナルドが床に転がる。
「いててて。ひどいなあ、兄上。今まで何をしても怒らない優しい兄上だと思ってたのに」
レナルドはぶつけた腰をさすりながら、半身を起こした。
「彼女に……何をしようとしてたんだっ!!」
「えー、言うの? 兄上も子供じゃないんだから分かってるでしょ?」
レナルドはからかうように笑った。
「お前は……なんてことを……」
「なんで兄上がそこまで怒るのさ。僕はレイラをたまたま見かけて好きになった。それでドレスをプレゼントしてディナーに誘った。酔い潰れた彼女を介抱しているうちに気持ちが高まって……。それが何か悪い? ユニコーンの指輪を持つ者の結婚は議会の承認が必要だけど、恋愛は自由でしょ?」
「お前は私の名を騙ったじゃないか! レイラは自分と弟を助けた『ロイ』に礼を言うためにここに来たんだ。こんなもの恋愛じゃない。お前は彼女を騙したんだ!」
「ふーん。本当は自分が感謝されるはずの『ロイ』なのにって? それならどうしてさっさと名乗らないのさ。僕が騙したわけじゃない。彼女が勝手に勘違いしたんだ」
「そんな言い訳が通用すると思ってるのかっ!!」
「通用するでしょ。いいよ。父上にでも議会にでも訴えればいい。ほいほいと僕の部屋にやってきた彼女の方が責められるだろうけどね」
「お前というやつは……」
ロイの心に再び殴りたい衝動がむくむくと湧き上がってきた。
だが。
今はレナルドとやり合うことよりも。
「レイラ!」
ロイは床に座り込んだままのレナルドを置き去りに、再びベッドに駆け寄った。
そして口元に耳を寄せ、息をしていることを確かめてホッと安堵の息を洩らした。
そのまま背中と膝下に両手を差し入れ、ぐいっと持ち上げる。
そしてレイラを抱き上げたまま部屋を出る。
去り際にレナルドを振り返り、怒りを込めた声で言い捨てた。
「二度とレイラに手を出すな!」
次話タイトルは「レナルドの乱心」です




