28、乱入
「速く! もっと速く走れないのか、この馬車は!」
ロイは馬車の中でいらいらしていた。
「落ち着いて下さい、ロイ様。これはザック様仕様の標準馬車ですから。ロイ様専用の最新馬車とは違います。これ以上速く走ったら、車輪がとれて飛んでいってしまいますよ」
ウッズは冷静に答えた。
「あーくそ! さっきレナルドの悪事を初めて聞いたばかりなのに。まさかレイラまで次の犠牲者にするわけにはいかない」
「それはないんじゃないでしょうか? レナルド様はとかく身分で差別なさる方です。元貧民の少女となれば、そのような価値もないと思ってらっしゃるのでは? さりとて一応スチュアート公爵令嬢という身分はありますので、命を脅かすこともないでしょう」
「だといいが……」
ウッズが楽観的なのに対して、ロイは最悪のことばかり考えてしまう。
「あの子はまだ十三なんだぞ。しかもあの真っ直ぐで曇りひとつない澄んだ瞳が翳るようなことがあったら……」
ひどく心が痛む。
今まで感じたことのない怒りが込み上げてくる。
自分でも意外なほどの激しい怒りだ。
今までも好きな女性はいた。
その女性が知らぬ間にレナルドと親しくなっていて、どういうわけか二人がキスしてる現場を目撃したこともある。
なぜか好きになった女性のそんなシーンばかり見てしまう。
ショックで落ち込むことはあったが、これほどの怒りは感じなかった。
なぜだろう。
ロイの名を騙って呼び出したからか。
ステラ夫人の養子として妹のように感じているからか。
聞いた話では、ずいぶん苦労して育った貧民の子だからか。
いや。
このいら立ちは、そのどれとも違うような気がする。
自分の感情を説明できぬままに、馬車はようやくアルフォード邸に辿り着いた。
「ロイ様っ!」
普段ならウッズが扉を開けて先に下で待つのに、ロイが先に飛び出した。
エントランスの階段を駆け上がるロイをウッズが慌てて追いかける。
行き先はレナルドの私室。
ロイの私室の下の部屋だ。
造りは同じだからよく分かっている。
(間に合ってくれ、間に合ってくれ)
何に間に合うのか自分でも分からないまま、無心で唱えた。
「あ、ロイ様、どちらへ……」
途中で行きあう執事やメイドたちが声をかけるのも無視して走り続ける。
そしてようやく辿り着いたドアを勢いのまま開く。
「ロ、ロイ様、いかがされましたか? このような時間に」
執事と給仕が丸テーブルの食器を片付けながら、驚きの声を上げた。
いつも礼儀正しく静かなロイが、先触れもなくノックもせずに部屋に入るなど珍しいことだった。
「レイラは?」
丸テーブルには二人分の食器が残っている。
だが、肝心のレイラがいない。
「レイラ様……。どなたでございましょうか?」
「ここにいたはずだ! ここで食事をしていた令嬢がいただろうっ!」
ロイの剣幕に、給仕は青ざめている。
しかしこんなトラブルにも慣れていた執事は冷静に答える。
「いいえ。そのようなお名前のご令嬢は来られておりません。何か勘違いなさってるのでは」
執事はレナルドによく教育されていた。
この程度の嘘がつけなければ、レナルドの執事など出来ない。
「来てないだと……」
「ロイ様、あちらの部屋では……」
追いついたウッズは、給仕の戸惑う様子と目線ですぐに気付いた。
給仕が気にする部屋は。
続き部屋になっている寝室。
同じ造りだからすぐに分かった。
そして怒りが頂点に達するのを感じた。
「あ、何をなさいますっ! すでにレナルド様がお休みですっ!」
執事が止めるのを振り払い、ズカズカと進んだ。
「お止めください。お休み中に勝手に人を入れてしまったら、ひどいお叱りを受けます。場合によっては牢屋に入れられます。どうかご容赦を、ロイ様っ!!」
執事も必死だろうが、ロイも今回ばかりは従者の処遇を心配している場合ではない。
「ロイ様、ここは私が」
ウッズが執事を体で止める。
その隙にロイは寝室のドアを開いた。
「レイラッッ!!!」
そこでロイが見たのは……。
次話タイトルは「レナルドの言い分」です




