24、本物のロイ様はその頃……
「どうかされましたか? ロイ様?」
馬車に揺られながら、ウッズは向かいに座るロイに尋ねた。
さっきからずっと、何かを考え込むような顔をしている。
「いや、さっき城を出る時にすれ違った白い馬車だが……」
「白い馬車?」
そういえば、ちょうど門に入ってくる馬車とすれ違った。
「あの白い馬車はレナルドの私用のものだったな」
真っ直ぐの大通りからではなく、横道からやってきたように見えた。
そしてその横道はスチュアート邸につながる道だ。
なぜこちらからやってきたのかと不審に思っていた。
しかしウッズはそんなロイの懸念に気付かず答えた。
「ええ。あの白馬車は城に女性を招く時にいつも使っておられますね。あの方の女遊びにも困ったものです。少し気に入った令嬢がいれば、すぐにディナーの招待などと言って私室に招きいれて不埒なことを……いえ……こほん。失礼致しました」
「まあ、あいつはモテるからな。恋多き男なんだろう」
「ですが、アルフォード領の名だたる年頃の令嬢は、ほとんどレナルド様のお手つきなどと噂されておりますよ。おかげでロイ様の婚約者選びも難航してるのです」
半分愚痴のように言って、ウッズがため息をついた。
「それとこれとは話が別だろう」
「いいえ。以前から不審に思っておりました。ロイ様の婚約者が決まりかかるたびに、相手の令嬢がレナルド様と恋仲だと発覚するのです。仕方なく諦めると、レナルド様も別れているという偶然が五回ほどもございました。これは果たして偶然でしょうか?」
ロイは苦笑した。
「よしてくれ。なんだか自分が惨めになる。私よりもレナルドの方がモテるという話だろう」
「違いますよ! 心ある女性はロイ様推しがほとんどです」
ムキになって言うウッズにロイは肩をすくめた。
「それはお前の主君びいきだろう。分かってるよ。私よりもレナルドの方が繊細で美しいし、気の利いたセリフも言える。その上、芸術的センスにもずっと優れている。女性はそういう男の方が好きなんだろう?」
「芸術的うんぬんの部分だけは否定しませんが、その他はすべて否定致します」
「芸術的の部分は否定してくれないのか?」
「そこは出来ません。私は嘘がつけない性分ですので」
無駄に正直者のウッズにロイはため息をついた。
なぜこの芸術の都の領主の嫡男に生まれながら、これほど芸術オンチなのか。
幼い頃からずっと自問自答してきた。
いつもコンプレックスを感じ、何度も傷ついてきた。
父のアルフォードがロイの描く絵に失望する顔を何度見たことか。
そしてレナルドの絵に嬉しそうにする父を柱の陰から寂しげに見つめてきた。
絵の巧いレナルドにはかなわないと、ずっと思ってきた。
そして根っからの平和主義のロイは、争ってまで勝ちたいとも思っていなかった。
特に色恋に関しては全面的に白旗をあげてきた。
だから婚約者などという正式なものでなくとも、淡い恋心を抱いた女性はすべてレナルドに奪われていたと言ってもいい。
自分よりもレナルドといた方が幸せだろう、などと思って引いてしまう。
恋に関しては百戦連敗だった。
「ロイ様はお優し過ぎるのです。女性は多少強引な方が嬉しいものです」
「強引などと……よほど自分に自信があるから出来るんだろう」
「次期領主様がなにを弱気な。レナルド様は確かに類稀な美男子でございますが、ロイ様だって充分な美丈夫です。その上政務における申し分ない手腕、公平で広い視野、領民への慈愛。どれをとっても、他領地の中でも一番恵まれた資質をお持ちの後継者です。あとは良き伴侶を見つけるだけです」
「みんなレナルドの方がいいと言うのだから仕方ないだろう」
「それが不自然なのですよ」
「不自然?」
意味深に眉をひそめるウッズに、ロイは首を傾げた。
「ロイ様との縁談の話を持っていくと、どの令嬢もそれは嬉しそうに快諾して下さるというのに、どういう訳か数日後にはレナルド様とお付き合いしていると言い出すのです。これはわざとレナルド様が横槍を入れているとしか思えません」
「たとえ横槍を入れているとしても、本人がレナルドを選んだんだろう?」
「私もそう思っておりましたが、どうも違うらしいという噂を耳にしたのです」
「違う? どういうことだ?」
「レナルド様は令嬢をあの白馬車で呼び出し、私室に招き入れ、アルコールの強い酒で意識朦朧とさせて……その……つまり……無理矢理自分のものにしていると……」
「な! まさか……そんなことをされたら令嬢たちも怒って訴えてくるだろう」
「残念ながら訴えたところで、余計事態を悪くするだけなのです。傷もののように扱われるばかりか、嫁ぎ先までなくなってしまいます。しかもレナルド様に下される罰など、数日の謹慎ぐらいのものでしょう。それならば諦めてレナルド様とお付き合いを……という流れができていると……」
「まさか……では、今まで婚約が無しになった令嬢たちは……」
「実は先日気になって調べてみました。みな、レナルド様に捨てられ、ずいぶん格下の家か、妻を亡くした者の後妻になっておりました」
「なんということを……」
気の毒なことをした、とロイは思った。
打ち明けてくれていたなら、自分は受け入れてただろうに。
いや、それは二十を過ぎた今だから思えることなのか。
若く多感な十代の自分ならどうしたかは、今となっては分からない。
「最終的に婚約者候補として残るのはサンドラ様だけになってしまうのです。どういう訳か、サンドラ様はレナルド様の部屋にもよく遊びにいかれるようですが、あの方にだけは手出しなさらないようですし。まあ、侮れない家柄でもあり、クリスティナ様のお気に入りでもありますからね」
「サンドラか……」
「サンドラ様も十四になられ、いよいよ本格的に婚約者候補としてお名前が挙がるようになってまいりました。次の会議で決まりそうですよ」
「想い人がいるわけでもなく、議会の決定を受け入れようとは思ってきたが……」
サンドラはどうしてもしっくりこない。
幼い頃から知ってるせいかもしれない。
妹にしか思えないというのもあるが……。
ふと、レイラの姿が脳裏に浮かんだ。
いつも溌剌として明るい少女。
それでいて、ミリセント教会で弟を抱き締めた聖母のような姿。
会うたび絵のことを非難されるが、不思議に彼女に言われると傷つかない。
思い出すたびほっこりと温かい気持ちで満たされていく。
だがすぐに首を振った。
(私は何を考えてるんだ。相手はまだ十三の少女だぞ)
サンドラも十四だから相手としてありえない年ではないが。
(だが彼女は不思議にそこまで年下には感じないな。サンドラはまだ子供っぽさが残っているが、レイラには子供らしい部分と、妙に大人びた深い考えが共存している)
そのギャップに惹かれてしまうのだとロイは改めて苦笑した。
次話タイトルは「発覚」です




