21、最後の願い
「ふーん。決心はついたんだ。食べる気になったみたいだね」
ロイ様はにやにやと両手を組んだ上に顎をのせて私を見つめた。
「はい。ですが、その前にお約束して欲しいことがあります」
「約束? 君が僕に? 不遜なことだけど、いいよ。聞いてあげる」
「ステラおばさまとネロには一切の手出しをしないでくださいませ」
むしろネロは貴族にならなくて良かったかもしれない。
あそこで静かに絵を描いて暮らす方がずっと幸せだ。
ヘタに貴族になんかなって、この人に仕えることになるよりは。
「なるほどね。二人のために自分が犠牲になるっていう美談が欲しいの?」
ロイ様はつまらなそうに肩をすくめた。
しかし私はゆっくりと首を振った。
「いいえ」
「?」
ロイ様は首を傾げる。
「私はお約束通り、あなた様のために死にます」
強い決意を込めて真っ直ぐ見つめる私に、ロイ様の目が見開いた。
「私の死で、あなた様が人を信じられるように。この世で一番大切なものは何なのか気付くように。あなたが退屈しのぎに殺める命は、あなた様のかけがえのない味方であったのだと忘れないで下さい」
「僕の……味方だと?」
「はい。助けて頂いた日から今日まで、私とネロは幸せでした。わずかの間でしたが、その幸せを下さったのは紛れもなくあなた様です。あなたが言う通り、私の死であなた様の心が救われ、この先の人生を真っ当に生きていけるというなら、私は喜んであなた様にこの命を捧げます」
「嘘をつくな! 適当な言葉で僕を懐柔しようとしても無駄だ」
ロイ様はいらいらした顔で言い募った。
「ロイ様。人は誰しもあなた様と同じ心を持っています。あなた様と同じように悲しみ、傷つき、不安と孤独で押し潰されそうになりながら、それでも前を向いて夢を抱いて生きております」
「ふん! 何が同じだ! 僕は悲しみ傷ついたりなどしていない。不安と孤独だと? 領主の息子である僕にそんなものがあるわけないだろう!」
「いいえ。どのような生まれであっても、幸せと不幸は平等に与えられるものです。大きな幸せを手に生まれた者は、それと同じだけの不幸や悲しみを背負う運命にあります。きっと、あなた様も人には想像できないほどの苦しみを味わってきたのでしょう」
「お前などが分かったようなことを……」
「確かに分かりませんが、全力であなた様の心に寄り添います」
「……」
「この命が尽きるまで……あなた様に寄り添います。あなた様の幸せだけを心から願います」
私はそっとナイフとフォークを手に持った。
三層のテリーヌを切り分け、そっと口に運ぶ。
ロイ様。
自分の幸せを願ってくれる人なんて、人生にそう何人もいないものよ。
でもすべてを諦めた私は、本気であなたの幸せを願っているわ。
数少ない、あなたの幸せを願う者が死んで。
あなたは今まで以上の孤独を味わうことでしょう。
そうして命の重みに気付いて。
ネロとおばさまの暮らすこの世界の人を不幸にしないで。
愛ある領主になって。
大勢の民の命を尊重できる人になって。
私は最後に慈愛を込めた目でロイ様を見つめ、微笑んだ。
「レイラ……」
ロイ様の小さな呟きを聞きながら、フォークにのせたテリーヌを頬張る。
「うっ!!!」
口に入れた途端に舌がぴりぴりと痺れた。
そしてカッと全身が熱くなり汗が溢れる。
もしかしてやっぱりタチの悪い冗談なんじゃないかと期待したけど。
本当だったみたいね。
ごめんね、ネロ。
最後まであなたを守ってあげられなくて。
ごめんね……。
次話タイトルは「生還?」です




