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ゆずり葉の系譜  作者: 風花てい(koharu)
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12/14

12

 広間に向かい合うように設えられた舞台と、そこへ向かう橋がかりを篝火が照らし、炎が、先触れの笛の音に調子を合わせるように人々の影を淡く濃く躍らせる。 


 私は、見知った顔の武将たちと言葉を交わしながら、ゆっくりと奥に進んでいった。西の丸殿が振りまいている悪評のせいかもしれないが、彼らは、いつもよりも私に友好的であるようだった。いずれにしても、私は、こんなことで好い気になるべきではないだろう。私が彼らの尻馬に乗って姫と対立する立場を取ることで、今ある諍いの種を芽吹かせるようなことがあってはならない。 


 そんなふうに考えていたにもかかわらず、私は、私が座するべき場所を確認しようと前方に目を向けた途端に、足を前に出せなくなった。


 そこには、なぜか西の丸殿が座っていた。 

 否、正確に言えば、座っていたのは彼女の息子で、彼女は息子に付き添うように彼の後ろにいた。


「無礼であろう。そこはお方さまの御座でございましょう!」

 私が西の丸殿を咎めるよりも早く、乳母子の千草が前に進み出て声を上げた。

 西の丸殿も負けてはいない。 

「そなたこそ、無礼であろう。たかが使用人が、この私に指図するか!」と、声を上げる。


「ここはよい」

 私は千草を下がらせると、足を進めて西の丸殿の目の前に立った。彼女は、自分が咎められるべきことをしていると、わかっているらしかった。私が何も言わないうちに、「この子は殿の唯一の男子です。上座をいただくのは、当然ではありませぬか?」と、言い訳する。

「そうかもしれませんね」

 但し、上座に座るのは、ひとりで立って歩けるようになってからでも遅くはないはずだ。と、心の中で反論しつつ、私は姫に微笑み返した。


 姫が私を挑発しようとしているのは明らかなので、ここで取り乱せば、相手の思う壺である。他の側室たちや、こちらに気がついた武将たちが固唾を呑んで見守る中、私は、「ならば、今宵は、私が太郎の母として、一緒に座るといたしましょう」という妥協案を出した。だが、参謀が言っていたとおり、彼女は、自分の勝ちにしないと気がすまない性格をしているらしい。「この子は、私が傍にいないとむずかるのです」と言って、後ろから太郎を抱きしめ、その場を動こうとしない。


(『理にかなっている』というよりも、強引な理屈で我を通そうとしているだけではないですか?)

 私は呆れながら、心の中で夫に問いかけた。

 その夫は、少し離れたところで東の同盟国からの客人と歓談しながら、こちらを見て見ぬふりをしている。どうやら、アテにしてはいけないらしい。


 ならば勝手にやらせてもらおうと、私は腹を決めた。派手に争うことはしたくない。だが、私が彼女の出すぎた振る舞いを正さなければ、他に示しがつかない。


「ひとりで静かにできないのであれば、しかたがありませんね」

 私は、部屋の隅に控えていた太郎の乳母を呼んだ。

「この子は、こういったものをご覧になるお歳には達しておられぬようです。役者たちや、彼らの芸を楽しみにしている者の迷惑になりましょうから、お部屋に戻しておあげなされ」

「お方さま!」

 西の丸殿が、太郎を離すまいと彼を抱く手に力を込める。母親に締め付けられて苦しいのか、太郎が手足をバタバタさせながら泣き声を上げた。


「そなたも、ここで騒ぎを起こすようならば、太郎どのと共にお部屋に戻りなされ」

 私は、有無を言わさぬ口調で彼女に命じた。私に命じられることを西の丸殿が気に入るはずもなく、彼女は、憎しみを込めた視線を私に向けた。


 もともと激しい気性の人なのか、それとも国を滅ぼされた悲しみが彼女を変えたのかは知らないが、私は、これほどまでにむき出しの敵意を今まで人から向けられたことがなかった。しかしながら、私の立場上、ここで彼女の気迫に怯むわけにもいかなければ、彼女を哀れむわけにもいかない。

「聞こえませんでしたか。うるさくしかできないのなら部屋に戻るようにと言ったのです」

 夫にも聞かせるように、私は、心持ち声を大きくした。

 西の丸殿は、私を負かすことを諦めたらしい。突き飛ばすようにして息子を解放すると、「殿!」と、私の後方に向かって助けを求めた。


「奥の言う通りにいたせ」

 こちらに顔を向けぬまま、煩わしそうに夫が西の丸殿に命じる。彼は、母親の手から逃れて這い寄って来た息子を抱き上げると、乳母に託した。母から離されれば泣くはずだった太郎は、乳母に抱き上げられても上機嫌だった。去り際に、私にまで手を振ってくれる。私が手を振り返すのを見て、嬉しそうに体を揺らして笑う様子が愛らしい。他に子がないなら、あの子を世継ぎに……と、夫が、ただひとりの息子にかけている気持ちが、私にもわかる気がした。だが、それ以上に、太郎を世継ぎにするのなら、彼を生母である西の丸殿から離すべきだという参謀の主張も、よくわかってしまった。


 私は、失望を込めて西の丸殿を見下ろした。彼女は、自分の思うように動いてくれなかった夫に腹を立て、頬を朱に染めながら肩で荒い呼吸を繰り返していた。これしきのことで自分を抑えることができぬほど、彼女は、自分の思い通りに生かされていた。そのありがたみにも気付かずに人を見下し、言葉という刃を振り回して人を傷付け、争いの種をその傷口に植え付ける。


 なるほど、参謀の言うとおり、彼女の心は幼すぎる。太郎しか家督を継ぐ者がいないのなら、この母と似た性格に育つことだけは避けたい。しかし、戦で身内の多くを殺された彼女から、再び愛しい者を取り上げるのは気の毒である。せめて、もう少し自重してくれればいいのだが、そうするためには、誰かが彼女を躾け直す必要があるのかもしれない。その役目は夫が適任だろうけれども、彼では、彼女の言いなりになりかねない。

(……となると、私しかいないのか)

 道理で、先日、参謀が私に熱く語っていったわけである。彼女と三歳程度しか離れていない私に、なんとも嫌な役回りを押し付けるものだ。参謀のことを恨めしく思いながら、私は、「いかがなさいますか?」と、姫にたずねた。

「お部屋に戻りますか、それとも、ここで静かにしていますか?」

 答える代わりに、彼女が再びこちらを睨みつける。

 私は、彼女に癇癪をぶつけられる覚悟をした。なにをされても、ここは耐えるしかない。体面を気にする夫のことだ。東の同盟国の使者の前で彼女が醜態を晒せば、少しは参謀の諫言を真剣に聞いて、彼女の傲慢を戒める気になってくれるかもしれない。


 しかしながら、彼女は睨みつけるのをやめないかわりに、私に食ってかかりもしなかった。


「自分の席に戻ります」

 目を伏せると、彼女は言った。


 私は、これ以上、この場で争わなくていいことに心の底からホッとし、少しだけ彼女を見直した。おそらく、こちらが思っているほど彼女は聞き分けが悪くはないのだろう。ただ、戦で国を失ったことなどから気持ちがこじれてしまっているだけなのだ。

 今日のことについては、日を改めて姫に詫びに行こう。その時には、腹を割って、太郎の養育のことなどを彼女と話し合おう。頭の良い方ではあるのだから、話せばきっとわかってくれるはずだ。


 私がそう思った矢先、西の丸殿が私にぐっと顔を近づけてきた。

 一瞬怯んだ私に向かって、彼女は、声には出さずに口だけをゆっくりと動かして、言った。



石女うまずめのくせに」




「……え?」

 言われたことに私が呆然としている間に、西の丸殿は、踵を返して自分の席に戻っていった。彼女が空けてくれた場所に崩れ落ちるように、私も腰を下ろした。 

 それからほどなく、橋がかりを渡って面をつけていない役者が登場し、これから始まる物語が始まるまでの概略を語り始めた。

 だが、舞台を見つめる私の耳には、役者の声も囃子の音も全く入ってこなかった。


(『石女のくせに』『うまずめのくせに』『産まず女のくせに』……)


 悪意に満ちた彼女の言葉が、耳の中で何度も何度もこだまする。その音を忘れようと幽玄な舞い姿や煌びやかな衣装に目をこらせば、彼女の睨んだ顔が二重写しになって私の気持ちをかき乱した。

「お方さま。いかがなされました?」と、たずねてくれたのは誰だったのか。その言葉で、なんとか自分を取り戻した私は、「大事ない」と首を横に振った。そして、今度こそ気を入れて、最後の演目が終わるまで舞台に顔を向け続けた。

 その途中、わずかに顎を引いて、右後方の気配を探る。西の丸殿は、すっかり機嫌を直して舞台を楽しんでいるように見えた。口にするのもはばかられるような惨い言葉で人を傷つけておいて、彼女は、なんとも思っていないようだった。いや、きっと、いい気味だと思っているに違いない。


(悔しい) 


 幕間の狂言に笑う彼女の声を聞きながら、私は歯を食いしばった。

 こんなところで、泣きたくなかった。泣いたところで、あの女が喜ぶだけだ。


 舞台が終わり、失礼に当たらない程度まで社交的な会話を続けた後、私は、『頭が痛む』と言って自分の部屋に引き上げ、そこで声を上げて泣いた。




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