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ゆずり葉の系譜  作者: 風花てい(koharu)
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 一方、《西の丸殿》こと北の国の姫の存在は、家中で更なる物議を醸していた。


 他の側室と些細なことで言い争いになり、相手が泣いて逃げ出すまでやり込める。奥仕えの女たちへの注文や叱責が度を越している。育て方に不満があるらしく、夫がつけた乳母を邪険に扱う。


 話を聞く限り、言われるほうにも非はあるようだ。だが、側室にせよ奥仕えの女にせよ、彼女たちは、夫の家臣の身内でもある。大雑把に言ってしまえば、正室である私を除けば城に仕える彼女たちの立場は対等。北の国の『姫』としてかしずかれていた頃ならばともかく、国が滅び勝者の情けを受ける側室となった今も昔と同じ要領で振舞われたのでは城内の秩序が保たれない。


 側室を抱えているのは夫であるが、奥向きのことは、正室である私の管轄である。女たちが次から次へと苦情を訴えにくるばかりでなく、彼女たちの親や夫までもが困り顔で私に目通りを求めてくるようになっては、私とて静観しているわけにはいかない。 


 私は、まずは、夫に相談してみた。 

 いろいろと耳に痛いことも言ってみたが、彼からは、『だが、姫の言うことは、いちいち理にかなっていてな』という、歯切れの悪い返答しか得られなかった。綾瀬の妻も妹の立場から夫に意見してくれたが、あちらは『余計な口出しをするな』と叱られてしまったそうである。


 思いあぐねた私は、夫の参謀に相談することにした。彼もまた、西の丸に住まう側室の扱いに困っているようだった。

「殿のなさることに興味を示されておりまして……」

「殿のなさること?」

「開墾や治水、年貢の取り方から、近隣諸国の動静や天下取りについてなどですな」

 彼女の理解は早く、時には夫に助言することもあるという。


「賢い方なのですね」

「頭はよろしいのでしょうが」

 参謀が深くため息を吐く。 

「ですが、戦場に足を踏み入れたこともない者が、『なぜ、あの時、このように戦わなかったのか』とか『あの者は使えない』と言っていると聞いて、家臣たちが楽しいわけがありません」

「そんなことを?」

「なまじ外れたことを言っていないだけに、たちが悪い。ついでに『殿こそが天下第一の人になるべき』だと殿を無闇に煽ってくださるのも良いような悪いような……」

 眉間に皺を寄せた参謀が、口を大きくへの字に曲げる。 


「西の丸殿のおっしゃられることは間違いではないのです。だけども、口で言うだけならば簡単なのですよ。特に戦は」

「そうでしょうね」

 私は、同情を込めてうなずいた。


 戦は生き物だと聞く。 

 目の前の男にしても、戦場でその時々に姫と同じことを考えたことがあったはずだ。だが、彼には、そうすべきだとわかっていても、そうできない事情があったのだろう。


 例えば、男たちは、女たち以上に面子や名誉にこだわる。特に、この国の男たちはそうだ。とにかく目立った功績を挙げたがる。後方支援という大事な勤めを侮辱と受け取る者もいる。士気が下がれば、勝てる戦にも勝てなくなる。


 この国で一番偉いはずの夫でさえ、自分の好きに人を動かせなくて鬱憤を募らせている時があるほどなのだ。それを、正しいとはいえ側室の言動でかき混ぜられては、参謀もやりにくいだろう。


「殿は、なんと?」

「それが……『だが、あれの言うことは、いちいち理にかなっておってな』と」

 私が言われたのと同じことを言って、参謀がうなだれる。 

「困りましたね。私にできることがあればいいのですけど」

 相談するつもりでいたのに、いつのまにか、私が彼の相談に乗っていた。


「お方さまには、今すぐにでも西の丸に乗り込んでいただき、かの側室の無法をお諌めいただきたいところですが……」

「そうしたほうがいいのであれば。でも、そんなことをしても、大丈夫ですか?」

 私は、思案顔でたずねた。


 夫が姫を側室に迎えたのは、北の国の力を温存しつつ味方に取り入れるためである。始めは方便だったかもしれない。だが、かつては北の国に仕えていた武将たちが、今は夫の軍勢の助けを借りながら、最近になって急に勢いづいた西の国の度重なる侵入から我が国を守ってくれていると聞いている。

 西の国と国境が接しているのは、北の国の旧領地だ。国境といっても明確な線があるわけではなく、広く深い山が両国の間に横たわっている。土地勘のある彼らの助けなしに、我が国が国境を守り抜くのは難しいのではないだろうか?

「私が西の丸殿の立場を悪くすることで、国境を守ってくれている旧北の国の武士たちの士気を削ぐことにはなりませんか。また、私たちが対立することで、家中がふたつに割れる恐れはありませんか。家中の諍いを大きくすれば、他国からつけこまれることになりませんか」

「そうなのですよ。西の丸殿は、そのことを承知しているのです。だからこそ、調子に乗って増長……失礼いたしました。今のは、聞かなかったことにしてください。ですが……」

 咳払いをしながら口元を抑えていた参謀が、私に笑いかけた。


「こうして、お話をさせていただくと、やはり、お方さまのほうが賢うございますな」

「私は、西の丸殿のように、戦の仕方や国のあり方を殿にご意見することなどできませぬが」

 思いがけない誉め言葉をもらって頬を赤らめる私に、「いやいや」と、参謀が首を振る。

「控えめにしていらっしゃるだけで、お方さまのほうが話していて面白うございますよ。遠く広く、しかも細部まで目が行き届いていらっしゃる。さすが……」

 参謀が、含みのある笑顔を浮かべる。どうやら、彼は、私が《影》という間者を抱えていることを知っているようである。


(では、《影》が彰昌であることも知っているのだろうか? 殿は、どうなのだろう。殿もご存知なのだろうか?)


 私は不安になった。だが、彼は、そ知らぬ顔で「西の丸殿は、逆です」と続けた。

「精一杯背伸びをして、自分を大きく見せようとしていらっしゃる。あの方は、その場その場で自分が優位に立たれることだけに、ご熱心だ。それによって家中にどのような波が起こるかということにまで考えがいたらない。というよりも、あの方は、家中を乱したいのかもしれませぬ。内側からこの国を混乱させて滅ぼしたいのかもしれない」

「まさか。それこそ……」

「ええ。それこそ考えなしの愚策です。西の丸殿がどれほどいきがろうと、北の国は、もうありません。この国が滅びれば、太郎さまもろとも自分も滅びるだけです」

 『要は、西の丸殿自身が子供なのですよ』と、参謀が舌打ちしながら評した。 


「ご本人は既に国母気取りですが、子供が育てるお子に、この国を任せるわけにはまいりません」

「すまぬ。私に子がないばかりに」

 また世継ぎの話だと、いささかゲンナリしながら私が謝ると、「お方さまを責めているのではございませんよ」と、参謀が慌てた。


「お子のことは、むしろ殿が責めを負うべきと存じます」

 忠義一途の彼には珍しく、きっぱりと言い切った。 

「『子供は独りでできぬもの』。殿へのご奉公にかまけすぎて、たまの訪れしかない自分が子のないことを責められるはずがないと、亡き我が妻に言って聞かせた事がございます」

 妻に先立たれた彼は、このまま独り身を貫くつもりでいるという。

「自分ひとりで興した家ですから、一代で潰してもさほど問題にはなりませぬ。ですが、殿の場合は、それでは済まされませぬ。家臣領民を守るために、殿は、家を存続させなければならない。そのためには、優れた世継ぎが必要です。特にこの国は、天下を狙うにせよ天下に屈するにせよ、地の利が悪い。愚か者が当主となれば、あっけなく滅びましょう。北の国のように」

 参謀が顔を上げ、挑むように私を見つめる。 


「それがしは、西の丸殿が側室であるから太郎さまの立嫡に反対しているのではありません。失われた国を懐かしむばかりの西の丸殿は、なに故に自分の国が滅びたのかを考えようとなさらない。ならば、その方に育てられた太郎さまも、いつか同じ過ちを繰り返すだろうと思うからです。それに……」

 参謀が声を潜めた。


「あの子は、殿のお子ではないかもしれない」

「太郎殿が?」

「殿の耳に届けば首が飛ぶでしょうが、家臣の多くは疑っております」

 青ざめる私に参謀がうなずく。


「側室の中で子に恵まれたのは、西の丸殿だけです。たった一人の男子だからこそ、殿は太郎さまを大事になさるわけですが、同時に疑いもする。『もしかしたら、あの子は他の男との子ではないか?』その疑いを拭いたいから、殿は西の丸殿に恋着なさるのです。西の丸殿が想うのは自分だけだという確信が強くなれば、間男がいることを疑う必要もなく、太郎殿が実の子だという確信も強くなるからです。だが、家臣は違う。殿が西の丸殿に執着なさればなさるほど、疑いが深くなる」

 その疑いがある限り、家臣が太郎を次の当主と認めることはないだろうと参謀は言う。


「とはいえ、それがしの本音を言えば、あの母親から引き離すことさえできれば、太郎さまが当主でもよいと思っております。それが叶わぬのならば、是非にでも別の世継ぎが必要です。お方さまと殿のお子であれば申し分ありませんが、君主に必要な器量を備え、殿はもちろん誰もがその子を殿の子だと信じて疑わないのなら、殿の血など引いていなくても……と、お許しを。戯れ言がすぎました」

 話の方向に不安を覚え始めた私に、軍師が肩の力の抜けた笑みを返した。そして、「それはさておき」と笑いながら、「三日後、評判の能役者の一行が城に参ります」と言った。


「ご出席のおりには、正室とはかくあるものだと、西の丸殿に見せ付けてやってくださいませ。さすれば、家臣一同、少しは溜飲が下がるというもの」

「わかりました。精一杯偉そうに振舞いましょう」

 立ち上がりかけた参謀に、私は冗談めかして約束した。


 そして、三日後の夕。

 私は、能を観るために、本丸屋敷の大広間に出向いた。





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