10
初めての男子誕生に、夫は有頂天だった。
彼は子供に太郎と名づけ、母子を城内に入れた。しかも本丸御殿にである。
「父上が『どうしても』とおっしゃるのだ。仕方があるまい?」
夫は、病を養っている舅の言葉を持ち出して、私の抗議を封じた。「正室のそなたが二の丸であるのに側室が本丸では、面白くはなかうろが、住み慣れた部屋を動くのは面倒であろう?」とも言った。
夫の言うとおり、舅の決めたことには逆らえない。二の丸から引っ越すのも、面倒と言えば面倒だ。
だが、これでは、北の国の姫のほうが、夫の正室のようである。馬鹿にするにも程があります。それに、前の殿さまは、ご存命とはいえ、お口もきけないほど弱っていらっしゃるではないですか」と、乳母は憤っていた。
憤ったのは乳母だけではない。
北の国の姫が産んだ男子を本丸に住まわせるのは、彼を世継ぎだと宣言するようなものだと、この措置を快く思わない家臣も多かった。
だが、夫は彼らに文句を言わせなかった。参謀の諫言さえ退けたようだ。
それでも、参謀は私との約束を守るために 「側室へのご寵愛が過ぎるのも、北の方をないがしろにするのも、絶対によろしくない」と決死の覚悟で夫に意見してくれたようだ。綾瀬も、私の父と帝の権威をちらつかせながら、考えを改めるように夫に迫ってくれたという。
夫は、ふたりの言葉を無視しきれなかったらしい。彼は、姫と息子を、本丸から西の丸の屋敷に移動させた。私に対しては、側室にばかりかまけている訳ではないという証を立てるために、定期的に訪れることに決めたらしい。
「娘でもなんでも、そなたとの間に子がいればな」
北の国の姫を側室にして以来、暗くなってからはほとんど訪れることがなかった夫が、月を肴に酒を飲みながら、ため息を吐く。
「それは……」
『あなたが他の女を愛するのは、私が身ごもらないせいですか?』と、たずねようとして、やめる。そんな嫌味を言ったところで、自分が虚しくなるだけだ。
その夜、夫と私は、久しぶりに肌を重ねた。
彼が私に触れる手は、以前に比べると温かみに欠けているように思えた。
おざなりに扱われても、私は彼を拒むことができなかった。僅かな機会を生かして、なんとしてでも子を成さねばならない。せっかく私のところにも通う気持ちになったのに、ここで彼を怒らせては訪れが更に間遠になってしまうと、私は思いつめていた。
しかしながら、私と夜を過ごした翌日から、またしても、夫は何日もこちらに寄り付かなくなった。今では《西の丸殿》と呼ばれるようになった北の国の姫が私と夫との仲に嫉妬し、私のところに夫を行かせまいと、彼を引き止めているらしい。
夫の夜間の訪れは、以前にもまして少なくなった。せいぜい月に一度、来るか来ないかである。戦のあるときにはその限りではなく、私が身ごもらぬまま、翌年、かの姫が娘を産んだ。私と姫との差は開く一方。将来的に自分たちと旧北の国の家臣との立場が逆転することを恐れる家臣たちが私に男子を望む声は、日増しに大きくなっていった。
「お気になさいますな。お方さまは、まだ、お若い」
乳母も千草も綾瀬も参謀も、そういって慰めてくれる。だが、私が嫁いでから六年になる。家臣の中には、すでに私に見切りをつけている者もいるようで、自分の身内から北の国の姫に代わる美姫を側室として差し出そうと画策する者や、いっそ北の国の姫とよしみを通じようとする者まで現れたと聞く。なにより、私自身が私を疑っていた。
もしかしたら、私は、一生この手に赤子を抱けないのかもしれない。帝の血を引く後継者をこの地に残すという使命も、果たせないままかもしれない。
ならば、私は、なんのために、こんな遠くの地に嫁いだのか?
なんのために、ここにいるのか?
思い悩む私を元気づけようと、彰昌は、さまざまな気晴らしを用意してくれた。
読みたいと思っていた本の写しを持ってきてくれたり、知り合いの家に生まれたという仔猫を見せてくれたり、城下で評判になっているという軽業師を連れてきてくれたり、綾瀬を共に、こっそりと城外に連れ出してくれたこともあった。
彼の本来の役目を考えると本当は誰よりも私に男子を産んでほしいと思っているに違いない。だが、彼だけは、日中に彰昌として振舞っている時も《影》である時にも、一度として私に向かって、懐妊を催促するようなことも、身ごもらないことを残念がるようなことも言わずにいてくれた。父からそういった伝言もあっただろうに、それすら、彼のところで握りつぶしてくれていたようだ。
何も言わないけれども、愁いに沈む私に向ける彰昌の目は、いつでも温かく優しかった。
それだけではない。同じ頃、私は、ふとした拍子に小さな贈り物を見つけることがあった。贈り物といっても、それらは可憐な野の花であったり、木の実であったり、色づき始めた枝つきの楓であったり、領内にある山で取れるという水晶の欠片であったりと、どれも本当に些細な物であった。
見つけるのは、私が目を覚ました直後や、ご機嫌伺いに来た彰昌が帰ってしばらくしてからのことが多かった。置かれている場所は、部屋の隅であったり、違い棚の上であったり、時には鴨居の僅かな出っ張りに引っかかっていたり……と、まるで、宝探しのようである。
「いつまでたっても、子供扱いなのだから」
私は、苦笑しながら、夜中のうちに《影》が置いていったと思われる小石ほどの大きさの淡い紅水晶を掌に載せた。
朝日を受けた石が掌の上でキラキラと光るのをひとしきり楽しんだあと、私は、それを、昔と同じように手文庫の中に収めた。




