第36話 昔から変わらない。
どうしようかな。
自分用とアレク叔父さん用に扇涼を作ったせいで、手元に残った普通の扇子は一本だけになってしまった。
「どうした?」
「……あぁ。扇涼を作ったから、普通の扇子が、この一本しかないの忘れてたんだ。一応、普通の扇子も持っておきたいし……」
「では、私のを魔導具にしてくれ。侍従が五本も持って来ていたのでな」
「分かった」
じぃちゃんから、濃い緑色の扇子を受け取った。
俺とじぃちゃんは、それぞれ扇子の骨組みに魔導回路を描き始める。
「これはまた……細かいな」
じぃちゃんは老眼鏡を少し押し上げながら、慎重にペンを走らせた。
「うん。でもこれじゃないと、回路同士が干渉しそうになるんだよね」
「……あぁ。それにしても……清涼機を更に小型化するとはな。ただでさえ細かかったものを……」
「魔導回路描写ペンも、一番細いペン先でぎりぎりだよね。最近売り出されたものなんだけど、これがなかったら扇涼は作れなかったと思う」
魔導回路を描き終えると、次は扇子の要部分に魔核を配置した。
あとは、冷却機能と魔力制御のための魔法陣を描き込み、扇ぐ動きを感知して起動する魔法陣も組み込んでいく。
「……なるほど。魔力消費を抑えるために、動きを感知して起動……か。理にかなっているな」
「うん。細かいだけで、難しくはしてないからね」
物によってはブラックボックス化した方がいい物もあるだろう。
複雑にすれば、性能を上げられるかもしれない。
でも、その分だけ調整も修理も難しくなる。
生活魔導具なら、できるだけ単純な方が扱いやすい。
じぃちゃんはしばらく、扇子へ組み込んだ魔法陣を確認した後、満足そうに頷いた。
「よし。俺も完成」
あとは動作確認をすれば……
「……おぉ。涼しいな。 つまみでの風量調整もしやすい。なにより、元の扇子の重さとあまり変わらないのがいいな」
「小型の魔核を一つ使っているくらいで、あとは扇子本体の重さだからね。
扇涼を思いつく前は、清涼機を持ち運べないか一瞬考えたくらいだよ」
「フィンは昔から、たまに突拍子もないことを考えるな」
そう言うと、じぃちゃんは楽しそうに笑った。
「……さて、少し休憩にするか」
俺は慣れた手つきでお茶を淹れ、じぃちゃんの前にカップを置いた。
「……美味い」
「この茶葉、お気に入りなんだ。すっきりするでしょ?」
「あぁ。制作の合間に飲むには、ちょうどいい茶葉だ。 さて、応接室に戻るか」
応接室へ戻ると、ばぁちゃんと父さん、それと母さんの三人だけがいた。
「あれ?兄さんたちは?」
「食後に部屋へ戻ったわ」
「そうなんだ」
「もう扇涼が出来たの?」
「あぁ。清涼機の応用だったのでな、そこまで時間はかからなかった。……これは本当にいい魔導具だな」
「持ち運べるから、移動の時にも使いやすいよ」
「こちらに来る時の馬車の中が暑かったが、これがあれば涼しく過ごせるだろう」
「清涼機を馬車で使ったら、少し寒いくらいだったんだよね。
あれをさらに小型化するとなると、結構大変そうなんだ。
だから、扇涼の風が出ている時間を十分程度から三十分くらいに変更する方が、現実的なんだよね」
「もう少しで社交シーズンに入るから、馬車で移動することも多くなるのよね。フィンが扇涼を作ってくれて、助かったわ。
サマードレスとはいえ、この暑さには敵わないもの」
まぁ……母さんは侯爵夫人だからな。サマードレスといっても、簡素なものを着るわけにはいかない。装飾や生地の分、余計に暑いのだろう。
「そうだわ、フィン。貴方の礼服も頼んであるから、それを着て王家主催の夜会に参加しなさい」
「……え。自分で用意するつもりだったんだけど」
「どうせ、目立たない地味な服で済ませようとか考えていたのでしょう? 三男だからといって、手を抜いてはいけませんよ」
「まぁ……フィン。学園を卒業して、こんなに素敵な魔導具を作れるようになって……立派に成長したと思っていたのに。まだそんなことを考えていたのね? ティアナと一緒に礼儀作法を学び直す必要があるかしら」
「いや! 大丈夫! ちゃんとしようと思ってたから!
ばぁちゃんはティアナのことだけ考えてくれていたらいいから。ティアナにとって大事なデビュタントだからね」
隣で、じぃちゃんが苦笑いを浮かべていた。
「お前は本当に昔から変わらんな」
第36話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は家族との穏やかな時間のお話でした。
次回も楽しんでいただけると嬉しいです。




