解決
自動ドアは、開かなかった。
電源が落ちているのか、ガラス越しに見えるショッピングモールの内部は真っ暗で、外の昼間の光とはまるで別世界のようだった。
「……ここ、だよな」
女神に言われた“歪み”の発生地点。
見た目はただの廃墟に近い大型モールだが――近づくだけで分かる。
空気が、重い。
まるでここだけ、世界から切り離されているような違和感。
俺はため息を一つ吐くと、ガラス扉に手をかけた。
「開かないなら――」
力を込める。
――バキィンッ!!
ガラスは一瞬で砕け散った。
「……これでいいか」
静まり返った店内に足を踏み入れる。
その瞬間だった。
――ゾワッ
背筋を何かが撫でたような感覚。
「……なんだ、これ」
床には無数のマネキンが並んでいた。
服屋のものだろうが、その数が異常だ。
しかも――
全部、こっちを見ている気がする。
「気のせい……じゃないな」
一歩、足を踏み出す。
コツン、と靴音が響いた瞬間――
視界が、揺れた。
「は?」
次の瞬間、俺は入り口に立っていた。
「……戻ってる?」
振り返る。砕いたはずのガラスは元通り。
外にはさっきと同じ景色。
「おいおい……」
もう一度中に入る。
またマネキン。
また静寂。
そして――
コツン。
靴音が響いた瞬間、また入口。
「ループ、かよ……」
舌打ちする。
敵は見えない。
攻撃もできない。
だが確実にここにいる。
「めんどくせぇな」
俺は軽く肩を回した。
「なら――壊すだけだ」
次に足を踏み出した瞬間。
地面を蹴る。
――ドンッ!!
一歩で、数十メートルを駆け抜ける。
空気が裂ける。
視界が流れる。
マネキンの群れを一瞬で通り抜け、壁へ――
そのまま拳を叩き込んだ。
――轟音。
壁が、崩壊する。
「……っは、やっぱ通るか」
だが次の瞬間。
崩したはずの壁は、何事もなかったかのように元に戻っていた。
「は?」
違和感が加速する。
空間そのものが“巻き戻っている”。
「……敵っていうより、現象か」
その時だった。
――カタン
背後で音がした。
振り向く。
マネキンが、一体だけ動いていた。
「やっと出てきたか」
だがそれは“マネキン”ではなかった。
黒い。
細長い。
人の形をしているのに、顔がない。
腕だけが異様に長く、床を引きずっている。
「……なんだそれ」
そいつは、ゆっくりとこちらに向かってくる。
そして。
――消えた。
「!」
次の瞬間、真横。
長い腕が振り下ろされる。
――ズドン!!
床が抉れた。
「おいおい……」
反射的に距離を取る。
速い。
だが――
「見えないほどじゃないな」
地面を蹴る。
一瞬で間合いを詰めると、そのまま拳を振り抜いた。
――バキン!!
手応え。
だが。
「……効いてねぇ?」
身体が、霧のように散る。
そしてまた背後に現れる。
「チッ……面倒なタイプかよ」
呼吸を整える。
考えろ。
こいつは攻撃が当たらない。
空間もループしてる。
「……共通点」
視線を走らせる。
マネキン。
空間。
消える敵。
「……集めてる、のか?」
その瞬間だった。
頭の奥が、ズキリと痛む。
――見える。
この空間の“歪み”。
中心。
核。
「……あそこか」
視線の先。
天井近くに、わずかに歪んだ“黒い塊”。
「なるほどな」
笑う。
「分かれば簡単だ」
次の瞬間。
全力で地面を蹴る。
空気が爆ぜる。
視界が歪む。
敵の攻撃を無視して、一直線に跳ぶ。
長い腕が迫る。
だが――
「遅ぇ」
掴む。
そのまま引きちぎり、踏み台にする。
さらに加速。
天井へ。
「これで――終わりだろ」
拳を振りかぶる。
その瞬間。
視界の端が、黒く染まった。
「……?」
体の周りに、黒い霧がまとわりつく。
冷たい。
静かだ。
そして――
すべてが、止まったように見えた。
「……なんだ、これ」
だが、構わない。
そのまま。
拳を叩き込む。
――――。
音は、なかった。
黒い塊は、触れた瞬間に消えた。
空間が、崩れる。
マネキンが、崩れ落ちる。
光が戻る。
「……終わり、か」
気づけば、ショッピングモールは元の姿を取り戻していた。
静かな店内。
何もなかったかのように。
俺は一度だけ振り返る。
「……今の、なんだったんだ」
黒い霧は、もう消えていた。
だが。
確かにそこにあった。
「……まあいい」
外へと歩き出す。
その背中を――
誰かが見ているとも知らずに。




