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 仄暗い舞台で椅子の配置と譜面台の高さを調整し、首を締め付ける蝶ネクタイをむしり取る。蔦模様で装丁された台紙を捲るが、五線譜には何も記されていない。横一線に並んだ照明が対向車のハイビームみたいに頭上で点灯し、いや待て、部活は辞めたはずだ。声にはならず、指揮棒は無慈悲に振り下ろされる。駄目だ、あいつらとはもう吹けない。

 数え切れないほどうなされているし夢だと分かっているものの、目が覚める度げんなりする。けど居間に下りると新聞の折込を広げた橅が「この帽子可愛い」とモデルの子に印を付けていて、悪い後味が霧散していく。

 つまらなかった放課後が、今は待ち遠しい。

「おかえり、今日はどこ行く?」

 買い物に公園に図書館、どこでもついて来るうち分かったのは、男性、特に十代前後の男子が橅は苦手らしいということだ。女性とは初対面の人とだって臆面なく話すのに、ショッピングセンターを並んで歩いていてスポーツ刈りの集団と行き合ったら、さり気なく俺の背中に隠れてしまった。免疫がないんだろうか。

 深夜から夕食後に楽器を吹く時間帯が変更された。面白くないよと伝えても

「音階かプーって伸ばしてばっかり、ウェールズの歌吹いてよ」

 と橅はリクエストしてくる。飽きないよう他の曲も探しておこうと昨晩ファイルを整理していたら、学校で皆と演奏しないのか聞かれた。他意はなかったらしく、やってないよと返してそれ以上は詮索されなかったものの、早く帰宅するために無理をしてないか気にかけてくれたのかもしれない。

 シエスタを決め込んだみたいに、今日は街が長閑だ。手芸店の宣伝が間延びして流れ、下校時の中学生から代わる代わる叩かれるセルロイドの半魚人も、薬局の店頭で怠そうに向かいの判子屋を見張っている。

「英単語を書いて覚えるのは時間のロス。イメージをインプットせよ」

 講堂で予備校の元カリスマ講師が説いた受験のノウハウは難関大志望者向けの絵空事で辟易したが、時間割の短縮には感謝してやってもいいかと思えた。遠出できるし、川二つ越えた牧場行きたいって言ってなかったっけ。

 帰り着きプレハブを覗くと、曲をかけたままソファーで橅がうたた寝している。何だか、皆眠ってるな。無防備にお腹を上下させ、顔ちっこいくせに、おでこは広いんだ。踏み台に乗らないと給湯器のスイッチを押せない子が俺より口達者なのかと、人間じゃないのを忘れそうになる。こんな風に眠ってたら誰だって宇宙人だと思わないだろう。

 あれってまだあったっけ。二階の押入れまで取りに戻り、気持ち良さそうに午睡する横にクレーンゲームの戦利品を添えてみる。いいね、あげたら喜ぶかな。

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