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リウスで誰も顧みようとしなかった辺境の星は、移動手段が乏しく他種族どころか他人種の言語さえ操るのに苦労していそうだけど、素晴らしい音楽で溢れていた。地球の音楽すべてに触れてみたい。滞在の趣旨を変えてもいいか聞くと智は快諾してくれた。
交換条件に家事は任せてと言ったら、食事当番を買って出てくれたのは意外だった。料理に抵抗がないのは「親が放任主義で、自分で作らないと飢え死にしちゃうから」だそう。卵焼きのプルンとした食感が病みつきになり、また作ってと言うと次の日は甘く味付けされたのが供された。体格の割に智はたくさん食べる。栄養はどこに届いてるんだろう。
燕尾服をめかし込んだのっぽの男性がジャケットに写っていたクラリネットを首と肩の間に挟み、純白の手袋を嵌めた手で優雅にキーを爪弾いている。目を閉じ、最愛の人を想いながら。
実際の奏者は多分に空想と違ったけど、目の前で奏でられた音楽は二年間繰り返してきたデータのそれより、しっとりと響いた。ショックだったのは、胸の内に深く訴えかけようとしてくるのが経験豊かな大人でなく、同い年とは思わなかったから。言ってあげた方がいいのかな。
蕾の形のキイが取り付けられた木の管に、たっぷりと息を吹き込む。くり抜かれた黒い孔を縁取る銀色のリングみたいに、生まれてくるまるい音。合間の息継ぎさえ優しく感じられる、そっと語り掛け、くるんでくれるクラリネット。どんな人なんだろう。どんな気持ちで演奏してるんだろう。
『ウェールズの歌』より、我が父祖の地、リズランの湿原。私が探し求めていた音楽の名前。地球と呼ばれる小さな星の、まだ知らない別の場所。
三楽章から成る吹奏楽曲としてウェールズの歌は編まれたのだとCDで全曲を聴かせてもらい、断片だった心象のパズルが一枚の大きな絵になったようで、心が躍った。ただ舞台であるウェールズは遠いらしく、訪れるのは当面難しいと言われた。仕方ない、智は学生なのだから。
代わりに図書館に案内してくれて、『イギリスの古城を訪う』と題された大きな写真集を借りた。自然も街並も、曲の原風景はこことは異なるけれど、智の第一楽章を聴いていると自転車の後ろに広がるありふれた景色、白菜畑の堆肥と日なたに干された毛布が風に交じり合う匂いや、野良仕事を終えて帰るお婆さんの夕焼けに染まった頭巾を、わけもなく思い出した。




