表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/26

第十八話 『罪と再会』

 衝撃的な発言をしたにもかかわらず表情を崩さない審査員に、ジェメドリッサは狂気を感じた。

 ペトリージャも、ディゲルも、ヘルドも、色を失っていた。

 そこでジェメドリッサは異様な静けさに気が付き、ふと辺りを見回した。先程見た時には小声で話し合いながら論文を見ていた他の審査員達は、全員四人の方を見つめていた。

 そして、ジェメドリッサはあることに気がついた。

 この審査員達は、本当の審査員ではない。そうでなかったとしたら、おそらく買収されている。


「あ……そういえば、これはまだ公には発表されていないことでしたので、驚くのも無理はありません。申し訳ありませんが、今はまだ他言しないようにしてください」


 審査員は苦笑いをして頭をかいた。


「……わかりました」


 ジェメドリッサは審査員の目をじっと見つめて答えた。そして、ぎこちなく礼をする。


「色々教えていただきありがとうございました。それでは、私達は引き続き学院祭を楽しませていただきます」

「ええ、良い一日を」

「では、失礼します」


 ジェメドリッサに続き、ペトリージャ、ディゲル、そしてヘルドも礼をして、逃げるようにその場を後にした。





 ホールから出て、賑やかな中庭に戻った瞬間、ジェメドリッサは大きな息を吐いた。楽しげな声が聞こえて、陽性の明るい空気と熱気が、その場にたちこめている。その空間が、今は酷く心地良かった。

 それは他の三人も同様のようで、全員で顔を見合わせた。


「まずいことになったわね」


 落ち着きを取り戻したペトリージャが神妙な面持ちで言った。


「パケード教授はいなくて、その上ジオルガ様が……。意味がわからないわ」


 そこでジェメドリッサは小さく手を挙げた。


「その、すみません。パケード教授とはどなたですか?」

「パケード教授は神術学風神術科専攻の教授で、ジオルガの研究室の担当だった。ジオルガの場合本来なら三年生から研究室に入るところを一年生から押しかけてたから、かなりの長い付き合いになる教授になるんだろうな」

「でも、なぜ教授が捕まるのですか?」

「それは」

 

 ヘルドが答えてくれたが、途中で言葉を止めてディゲルとペトリージャを見た。

 二人が頷くのを確認してから、ヘルドは続けた。


「これはあくまでも憶測に過ぎないんだけど、ジオルガの罪状は窃盗じゃあなさそうなんだ。そして、これはジェメドリッサ様にとっては良い話かもしれないけれど、ジオルガは別に浮気をしたわけではないという可能性がある」

「そうなのですか!?」


 ジェメドリッサは混乱した。ジオルガの性格的に浮気をするわけがないというのは納得できるのだが、それではこれまでの噂は何だったのか。それに、事実親からも正式にナヤルのお姫様と結婚するということを聞いていたのだ。


「ではジオルガ様はどんな罪を犯したのですか。婚約破棄は何故行われたのですか」

「詳しくはよくわかっていないんだけど、研究内容に問題があったようで。それも、ナヤルとの外交に密接に関わるような。それを、ナヤル側は隠蔽しようとして、ジオルガをまずはナヤル側に取り込み、今度は完全に揉み消そうと本人自体を消そうとしているのかもしれない」

「え……」


 ジェメドリッサは思わず口を手で覆った。

 ディゲルが慌てて補足する。


「いえ、残念ながら憶測なのです。今回それに関して確かめようとパケード教授と会う約束をしたのですが、肝心のパケード教授が捕まっていた、というわけです」

「なる、ほど……?」


 ジェメドリッサは何とか理解する。


「それで、その」


 ディゲルが気まずそうに目を逸らした。ペトリージャとヘルドも、唇を噛む。


「もしこれが事実ならば、私達は大変な罪を犯してしまったのです」

「罪、ですか? どなたが?」

「私達三人とも、です。私は、恥ずかしながらジオルガのことをライバルだと認識しており、不祥事のことを聞いて彼を軽蔑して、自分の研究を担当してくださった教授が言った話を鵜呑みにして、不確実な噂をばらまいてしまったのです」


 ディゲルはジェメドリッサに頭を下げた。


「本当に申し訳ありません」

「えっ」

「正直、今回のこれは先日はデートなどと言っておりましたが、本当は謝りたかっただけなのです。ジェメドリッサ様の御両親を安心させるという目的があるにはありましたが、ジェメドリッサ様自身は不本意であるはずの婚約を了承したことをお許しください」

「待ってください。でもそれはゾニア王女殿下の紹介だから仕方ないはずですよ」

「それでも、です」

「う」


 ジェメドリッサが困惑する一方で、ペトリージャも詰め寄ってくる。


「ジェメドリッサ様、私もなのよ。自分の身分と社交界における地位を利用して、噂を広めてしまった」


 ジェメドリッサはゾニア王女主催のお茶会を思い出す。


「それと、何か私からの手紙が届いたのではないかしら?」

「え、ええ、はい。その、返事にはかなり失礼なことを書いてしまったので……」

「いいえ、それも仕方のないことだったのよ。何故なら、あれは私が書いた手紙ではなかったから」

「それは、どういうことでしょうか」


 ペトリージャはヘルドに視線をやる。


「俺はあの中身を見てなかったので何が書かれていたのかはわからないんだけれど、直接ペトリージャ様から受け取ったのではなく、ペトリージャ様の侍女から受け取ったものだった。ジェメドリッサ様の返事を侍女のフリエさんから受け取って、俺がそのままペトリージャ様に直接渡したことで発覚したんだ」

「普通なら貴族は隠密用であっても、信頼している侍女とか使用人を通すのに、ヘルド君はそのまま私に渡したものね。本来ならかなりの失礼に当たるのだけれど、今回はお手柄だったわ。ただ、信頼していた侍女に私は侮られていたということよ。問い詰めても彼女も手紙の内容は知らないようだったから、すぐに解雇したけど」

「なあ、ジェメドリッサ様、手紙はどんな内容だったんだ?」


 ジェメドリッサはあの長々しい文面を思い出す。


「そうですね……。大変私からは言いにくいのですが、ペトリージャ様がジオルガ様のことが好きで、私に嫉妬していた、みたいな感じの話から始まり……」

「まあ、それは事実だな」

「ちょっと!」


 ヘルドとペトリージャの言い合いに、ジェメドリッサは苦笑いする。


「えと、それから、なぜこのような不祥事が起こったのか、ということを明らかにするために情報交換をしよう、といったことが書かれていました」

「それは……」


 ペトリージャは真面目な顔つきに戻って顎に手を当てた。


「誰かが、というよりそれこそ国が、ジェメドリッサ様から情報を得ようとして、私を欺いたのかもしれないわね。なんか、認めたくないけど」

「と、いうことは、手紙は結局ペトリージャ様の元に戻ったので、その計画は失敗したということですか?」

「ええ、まあ。そういうことになるかしら。ただ、その計画ではなくとも、既に彼らの目的は達成されたのかもしれないけど」


 ジェメドリッサは、青ざめた。


「こ、心当たりがあります。ナヤル王国第九師団。先日私が教会から出てきた際に事情聴取を受けたのです。そしてジオルガ様との婚約指輪を奪っていきました。それから、先程のホールの審査員達の顔ぶれが、私がその時に見たものばかりだったんです」

「では先程の審査員は、最初から私達を監視していたのかもしれませんね」


 ディゲルの言葉に、ジェメドリッサは思わず当たりを見回してしまった。大丈夫、今は学院の真っ最中で、皆が同じように立ちながら大きな声で話している。ならばジェメドリッサ達も、目立っているわけではない。


「婚約指輪……。ソリエダ商会のものを盗んだという罪……。ナヤル……」


 ディゲルがぶつぶつと呟く。そして、唐突に顔を上げた。


「ジェメドリッサ様。指輪の宝石は何ですか?」

「ダイヤモンドです」

「ああ……やはりか」


 ディゲルは咳払いをして、改まった口調で言った。


「何となくジオルガが追われる理由がわかりました。突拍子もないことですが、彼ならやりかねない」

「何ですか?」

「数年前のダイヤモンドの価格は高騰していました。ジオルガにそれを買えるお金があったとは思えないのは確かです。でも、ただの窃盗では、彼の性格は一旦無視するとしても、いくら外交に関わるとはいえ大事になり過ぎています。つまりジオルガは、盗んでいません」


 ジェメドリッサは強く頷いた。


「では、その婚約指輪はどこから出てきたのか。考えてみれば、全ての辻褄が合います。おそらくジオルガの研究内容が、それだったんですよ」

「え?」

「要は国を信じた私達が馬鹿だったんです。今からでも教授の研究室に行って何か残っていないか確かめてみる価値はあります。ジオルガの成果を、奪われてはいけません」


 ディゲルの言葉に、ヘルドとペトリージャが顔色を変えた。


「おい待てよ。それが本当だったら、ジオルガは婚約破棄だなんて……」


 ヘルドが苦々しくジェメドリッサを横目で見た。ペトリージャも頭を押さえて考え込む。


「ねえ、それは私達が関わっていいことなの? 今思い出したのだけれど、昔にもこの学院で同じような事件があったと聞いたことがあるわ。その時も死刑かどうかはわからないけらど、知っている生徒は消されたって……」

「でも俺達に責任はあるはずだ。とにかくあいつが何を考えているのかがわからない。ジオルガなら絶対にこうなるとわかってたはずだ。でもそれを知りながら、やらかしてしまった」


 ジオルガが何をしたのか。ジェメドリッサはそれを理解して、自責の念に駆られた。そのダイヤモンドの婚約指輪を、ジェメドリッサは自ら海に投げてしまったのだ。あの頃は本当に何も知らなかった。

 三人ははっきりとは言わなかったが、教会を出た今、それを言ってはいけない理由はよくわかる。母に全面的に賛成することはできない。でも、危険なのは確かだ。

 そして、その危険にジオルガが真っ向から立ち向かったのも確かだ。


「でもきっともう手遅れよ。教授の研究室には何も残っていないわ。あれだけナヤルの調査団が嗅ぎまわってたのに」

「でも、あいつなら、誰にも見つからない場所に隠しているっていう可能性も……」

「パケード教授の研究室は、ここの三階にあるのよ。さっきのホールの真上よ? 私達が捕まって元も子もないわ。それに、ジオルガ様の隠し場所なんて、わかるわけないじゃない」

「それはそうだが」

「もしくはあなたの単なる闘争心から気になっているとでも言うつもり?」

「そんなわけないだろ!」


 調べに行きたいディゲルに対して、ペトリ―ジャは真っ向から否定する。

 ディゲルがジェメドリッサを見ているのに気づき、ジェメドリッサは首を振った。


「私のことは気にしないでください。昔から、ジオルガ様が普通とは違ったのは確かです。それより私は世間から何を噂されようとも、ジオルガ様は裏切っていなかったんだと思えるほうが嬉しいのです」


 ジェメドリッサの微笑みに、ディゲルとペトリ―ジャは押し黙った。


「なあ、もうやめようぜ。今日は学院祭だろ。ジオルガも俺達が捕まることは望んじゃいない」


 ヘルドの一言で、張り詰めた空気が緩んだ。


「そうでしたね。ジェメドリッサ様が楽しむ方が、ジオルガも喜ぶはずです。すみませんでした」

「……いえ」


 ジェメドリッサは、胸にちくりと針が突き刺さる感覚がした。


「じゃ私、あの店に行きたいわ。私の婚約者君が昼から当番だって言ってたの」


 切り替えの早いペトリージャが、中庭の一角を指さし、歩き出した。


「なあ、一番浮気してるのはお前じゃないか? 婚約者いるのにジオルガ様ジオルガ様、って……」

「何、うるさいわよ、ヘルド君。私はジオルガ様のファンなの。婚約者君はかわいくて尊いの」

「はいはい」

「何よその返事」

「うっし、んじゃ行こう。なんか懐かしいなあ……。俺らももう卒業したのかあ」

「確かにそうだな。楽しかったな……」

「ちょっと無視しないでよ!」


 ヘルドとディゲルもペトリージャに続いた。

 ジェメドリッサは少し遅れて三人の後ろを歩いた。明るい三人が、眩しく見えた。





◆ ◆ ◆





 ミャオリンは布教用の船の傍にあるという倉庫の中で、ただただ雑用をこなしていた。

 予想と違って、海を見ることはなかった。

 降ろした積荷を、ただより分けるという作業だ。ニシェリアに案内してもらったものの、その後は名も知らない偉そうな修道士達に命じられた作業を黙々とこなすばかりで、つまらないことこの上なかった。

 持ったこともないような重い木箱を台車に乗せて運び、他の修道女と一緒に持ち上げて積み重ねる。それを繰り返す。箱の高さはミャオリンの胸ほどまであるので、体勢はきついし、腕は痛いし、ただの肉体労働である。

 正直、これが何になるのかは全く見当もつかない。


「飽きたー」


 ミャオリンの気の抜けた呟きは意に介さず、修道女達は手を止めることは無い。

 その時、突然鈍い音がして、ミャオリンは咄嗟に辺りを見回した。しかし、誰も箱を落としたり、困ったりしている様子はない。

 再び鈍い音がした。ミャオリンはまさか、と思って運ぼうとしていた箱を見おろす。すると、先程見た時とは、僅かに箱の位置がずれている。


「え?」


 ミャオリンは一歩後ずさった。

 薄々気になってはいたのだ、中身が何なのか。

 動く、ということは、何かの生物が入っているのだろうか。

 しかし、箱には鍵がかかっているようで、中身を見ることはできない。


「ねえ、これ、中に何が入ってるの?」


 ミャオリンは近くにいたそばかす顔の修道女に聞いた。


「知らない」


 しかし、首を傾げてミャオリンを一瞥しただけで、すぐに作業に戻ってしまった。ミャオリンとしては逆に何故気にならないのか、理解に及ばなかった。

 ミャオリンはじっと箱を見つめる。しかし動かない。気のせいだったのか。

 ぐるりと倉庫の中を見回す。雑然と置かれた木箱。黙々とそれを運ぶ修道女達。大きな教会が所有しているとは思えないくらい、あちこちが錆びて煤けていて、埃が舞っていた。

 そこでミャオリンは、一瞬何かの煌めきを見た。光を追うと、倉庫の柱に、鍵束が掛かっている。倉庫の古びた印象とは真反対の真新しそうな鉄の鍵で、そこだけ妙に浮いていることに気付いた。

 ミャオリンはおそるおそるその柱へと近づく。とはいえ、誰もその行動に目を留めることはない。何ということもなく鍵束を入手し、いつのまにか先程の木箱の前に戻ってきていた。

 鍵穴の上部にかいてある記号か文字か何かを照らし合わせ、対応する鍵を、箱の鍵穴に差し込む。かち、という音がして、箱が解錠されたのがわかった。

 ミャオリンは再び周りを見回す。しかし、かなり堂々とやっているのにも関わらず、誰もミャオリンには目を向けない。無言で淡々と作業をこなしている。


「……えい!」


 ミャオリンは勢いよく箱の上部を開いた。


「え……?」


 瞬時にしてミャオリンの表情から、色が失われた。









「オウリャン……?」










一週間後に更新します。

全て書き終わっているので、安心してお待ちいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ