最終決戦、再び
※以前の感想返信と一部矛盾があります。すみませぬ。
披露宴が終わったのは夜も更けたころだった。
"お姫様だっこ”でミーアを抱え、部屋に戻る。
「ヨシト……」
俺の首元へ、甘えるように顔を寄せてくる。
猫のようだなと思いながら、そっと、ベッドに横たえた。
「……」
「……」
見つめ合う。
手と手が重なる。
指が絡む。
ミーアのウェディングドレスは、純白で、清楚な印象だった。
けれど同時に、胸元が大きく開けていて――上から覗き込んだとき露わになる谷間が、ひどく蠱惑的だった。
顔を埋めたい。
あられもない姿にして、思うままに貪りたい。
情欲に火がともり、理性を溶かしてゆく。
押し倒した。
ミーアはどこか夢見心地な表情を浮かべている。
俺のことを抱きしめて、
「乱暴に――手荒に扱ってくれないか」
耳元でそう囁いた。
「自分が、おまえのものになったのだと、実感したいんだ」
* *
――長い夜を、明け方まで過ごした。
* *
俺たちが目を覚ましたのは、もう、日も高く昇ったころだった。
「子供、できてるといいな」
ミーアは自分の下腹に手を当てて、幸せそうに呟いた。
「魔王だの勇者だのは横において、私と、ヨシトと、子供と――ただの家族のように暮らすのも、案外と悪くないかもしれん」
「ついでにペットでも飼うか? ほら、犬とか」
「猫がいい。これだけは譲らん」
やたら強く主張するミーアに苦笑しながら、俺は身支度を整える。
お互いに服を着終わったころ、
――コンコン、コンコン。
ノックの音が、響いた。
ドアを開ける。
「おはようございます、いえ、おそようございますでしょうか。お姉様、ヨシト様」
こちらを見上げる、青い瞳。
第32代魔王、プラナ・グランズフィールド。
「昨夜はお楽しみでしたね……というのはともかく、お二方とも、少々お時間よろしいでしょうか? 裏庭までお越しいただきたいのです」
道すがら、俺はプラナに問い掛けた。
「結婚式、邪魔するんじゃなかったのか?」
かつて彼女はこう宣言した。
――第32代魔王プラナの名に懸けて、お姉様の結婚を、阻止してみせます……っ!
だが実際は何の横槍もないまま、無事に式を終えている。
これはいったいどういうことだろう?
「お気づきではありませんか?」
「気づくって、何がだ?」
「私の策は、もうとっくに成就しています」
かすかに、勝ち誇るような笑みを浮かべるプラナ。
理解が追い付かない。
俺とミーアは夫婦になったわけだし、向こうにしてみれば大失敗もいいところだろうに。
「あなたはお姉様ただ一人を選んだのでしょう?」
澄んだ視線が、俺を射貫く。
まるで心の底を見透かされているような感覚――。
「私が止めたかったのは、浮気性のろくでなしがお姉様を攫っていくことです。ヨシト様がそのような男でなくなったのなら、ええ、十二分に目的は達成されています。――わざわざお姉様の言葉を伝えた甲斐もあるというものです」
ミーアの言葉というと、あれだろうか。
――ヨシトは変わってしまった。
――それを許容しきれない自分は、いずれ消えるべきなのだろう。
ドドンゴ伯を捕まえた後、プラナが教えてくれたものだ。
実際、あれがきっかけになって俺はこの世界に留まることにしたわけで……つまりこの現状は、彼女の目論見どおり、ということになる。
ははっ。
こいつは一本取られた。
素直に認めよう、完敗だ。
「さて、ここでいいでしょう」
俺たちが辿り着いたのは、裏庭の一角。
みずみずしい草花が生い茂る、開けた場所だった。
「実は、わたしの策には大きな穴があります」
俺とミーアから少し距離を置いた地点で、プラナは振り返る。
「ヨシト様は更生し、お姉様は望んだ相手と結ばれる。お姉様の幸せは、わたしの幸せ――これが物語なら、『めでたし、めでたし』で終わるところでしょう」
風が吹いた。
もう7月も近いというのに、ひどく、冷たい。
「ですが」
ミシ、と。
大気が凍り付いた。
凍てつきそうなほどに鋭い波動が、プラナの全身から放たれる。
その右足が、二度、地面を踏み鳴らした。
「お姉様を慕う人間として、ヨシト様を一発ぶん殴ってやりたいという気持ちはどうにも抑えきれません。そして、やるならば全力を、ありったけで。――面倒な小娘のワガママと思って、どうか受け止めてください」
金色の燐光が満ちた。
大地に浮かび上がるのは、巨大な魔法陣。
『二枚貝に挟まれた瞳』の文様。
それが如何なる神を示すものなのか、俺はよく知っている。
邪神。
零落せし創造神。
本来の名はとても発音できるものじゃなく、フォアグラ、と勝手に呼んでいた。
人間としての名前は、真月綾乃――。
「この力はもともと、異世界から召喚した人間を始末するために用意していたものです」
プラナの髪が塗り替わる。
青から、黄金へと。
瞳も金に染まる。
「300年前にヨシト様が倒した邪神――ご本人は"アヤノ”と名乗っていたので、そのように呼ぶとしましょうか。かつてお姉様が生贄にされたことから分かるように、グランズフィールドの血は、アヤノ様と相性が良いようです」
『それでね』
念話が届く。
それは、綾乃の声だった。
『この世界での10年前、プラナちゃんが両親を殺された時に、たまたま私と波長がリンクしたの』
「以来、ときどき知恵を貸していただいています。わたしが策略家に見えるとすれば、それは、アヤノ様のおかげでしょう」
じゃあ、もしかして、人族が内戦状態に陥ったのは――
『私がプラナちゃんにアドバイスしたの。人族と魔族の大戦争を避けるために、ね。
それだけじゃないよ。
異世界の人間を魔王に仕立てあげる方法を教えたのも。
その術式に細工して、ミーアちゃんが召喚されるように仕組んだのも。
ぜんぶ、ぜんぶ、私だよ。
………まあ、プラナちゃんがミーアちゃんにべた惚れになっちゃったのは計算外だったけど』
綾乃の声色は、やや引き気味だった。
どうやらプラナの依存ぶりは、元邪神すら戦慄させるものだったらしい。
「綾乃」
隣で、ミーアが口を開いた。
「私がこの世界に召喚された原因は分かった。おまえの仕業だったんだな」
『うん、ごめんね』
「別に構わん。だが、いったい何のために」
『罪滅ぼし、かな』
「……どういうことだ」
『邪神だった頃の私のせいで、ミーアちゃんは、芳人くんと結ばれなかった。《泡》との戦いの後も、未亜ちゃんの副神格として我慢ばっかりで――幸せになってほしかったの』
こんな回りくどい方法しか取れないあたり、私も邪神だった頃のくせが抜けてないね。
綾乃は小さくそう漏らす。
『それじゃあ始めよっか。私もけっこう嫉妬してるし、プラナちゃんに思いっきり力を貸すよ。本気で来ないと、殺しちゃうかも』
「……分かった」
浮気性の男がたった1人を選ぶんだ。
今までのツケは払うことになるだろうし、むしろ、この程度で済むなら感謝すべきだろう。
『ああ、そうそう』
「どうした」
『芳人くん、本体とのリンクは大丈夫?』
綾乃に言われて、気づく。
ただでさえ弱くなっていた神格接続が、完全に切断されていることに。
『理由、教えてあげよっか?』
聞くまでもない。
ミーアただ1人を妻にしたことで、本来の「伊城木芳人」からかけ離れた存在になったからだろう。
と、思ったら、
『芳人くんの本体、今回の件でボコボコにされてるんだよね』
へ?
『端末がしたこととはいえ、たった一人を選んだわけだし……そりゃ、まあ、他の子からすると複雑だよね。未亜ちゃんとかアリシアちゃんは拗ねてるし、玲於奈ちゃんがみんなを焚きつけるから、もう大騒ぎの修羅場になってるの。――でもまあ、そんな感じで本体が責任を取ってるから、この世界の芳人くんは、遠慮なく、ミーアちゃんと末永く暮らしちゃえばいいんじゃないかな』




