世界にただひとりの花嫁 3
三人称 → 一人称
投稿後、一部パートを削ぎ落したので短め
ハイリア皇国における、王と皇子の失踪。
それに引き続く、人族領の群雄割拠。
まさに激動の時代としかいいようのない状況であるが、ここでさらに大きな変化が起こる。
争いあるところに現れ、両軍の兵士すべてを戦闘不能に追い込む謎の存在――『黒獣』の襲来である。
狼じみた凶相に、戦鬼めいた巨躯。
全身は黒一色に塗り込められ、紅の瞳だけが禍々しい光を放っている。
剛腕が振るわれるたび、城がひとつ消滅した。
咆哮が地を震わすたび、師団がひとつ壊滅した。
うっかり兵を出せば全滅は免れず、こうなると各国は睨み合うほかない。
すべての戦線は膠着し、表面的なものではあるが、一時の平和が訪れようとしていた。
果たして黒獣は何者なのか。
一説によると、
「勇者ヨシトではないか?」
と言われているが、詳細はまったくの不明である。
* *
300年前。
俺は勇者として魔王軍と戦っていた。
けれどミーアに敗れた後は、戦争そのものを止めるため、両軍を区別なく殴り倒すようになった。
改めて振り返るとあまりに安易な発想だし、やってることは無差別テロも同然だ。
とはいえ、人族と魔族のあいだで和平が成立したことを考えれば、決して無駄ではなかったと思う。
いま俺がやっていることは、その再現。
かつての自分を追い駆け、ミーアが愛した八矢房芳人を取り戻す。
神としての権能は使っていない。
見た目は黒獣だが、力量としては当時の俺と同程度。
そうやって人族領を飛び回り、戦争という人の生き死にの現場を見るうち、だんだんと分かってきた。
俺がいつのまにか見失っていたもの。
たとえば、
「人生は一度きりである」
ということ。
あるいは、
「死んだらそれまで」
ということ。
永遠不滅の存在になったせいで、その実感を忘れていた。
この気持ちは、俺の本体にも届いているだろうか。
以前に比べると接続が弱くなっているが、伝わってほしい。
* *
結婚式の日が訪れた。
「ヨシト殿、似合ってますぞ」
「そ、そ、そそそ、そうですか?」
鏡の前に立つ。
黒いタキシード。
一流の機織蜘蛛らの手によるものだ。
心なしか、自分の姿がいつもより大人びて見える。
「まるで息子の結婚式のような気分です」
宰相のポーンさんが、嬉しそうに頷く。
「あ、あ、あ、あ、ありがとう、ございます」
「ははっ、ずいぶんと緊張なさっておりますな」
「ええ、まあ」
昨日まではわりと落ち着いていたんだが、いざ当日となると、このとおり。
全身がガチガチだ。
これならまだ、《泡》と戦っていたときのほうがリラックスしていたと思う。
「では気分転換に、外でも見てはいかがでしょう」
窓へと歩み寄る。
魔王城の周囲には、たくさんの人が詰めかけていた。
出店も多く並んでいて、花火がバン、バン、とあがる。
まるでお祭り騒ぎだ。
「皆、ヨシト殿とミーア様のことを自分のことのように喜んでおります。……ヨシト殿? ヨシト殿?」
くらくらしてきた。
我ながら情けない話だ。
でも、これもひとつの"人間”らしさ、なのだろう。
式が始まる。
場所は、魔王城の正面庭園。
色とりどりの花が咲き誇っている。
ウェディングドレス姿のミーアは、陳腐な表現になってしまうが、言葉が出ないほど美しかった。
全世界の時を止めて、ずっとその瞬間に留まっていたいほど。
彼女は、儚げに呟く。
「私は幸福だよ。今日の思い出さえあれば、もう何も望むものはない」
「今日だけじゃないさ」
「慰めはいい。私たちは元の世界に帰らねばならんだろう?」
諦観を孕んだ問い。
けれど、
「帰らなくていい。いや、帰さない」
俺は、決意を込めて、告げる。
「――ずっとこの世界で暮らそう、2人で」
やがてミーアが浮かべた表情を、俺は、生涯忘れないだろう。
まずは、大きく目を見開いた。
予想外の発言に驚いたのだろう。
それから何度か瞬きして、青い瞳から、涙が零れた。
最後に、微笑む。
微笑みながら、泣いていた。
まだ式は始まったばかりで、指輪の交換も何もしていない。
けれどお互いに感極まって――くちづけを交わしていた。
式場にはしばらく沈黙が流れ、
「おめでとうございます、お姉様。――楽隊、祝いの曲を!」
プラナの号令とともに、大歓声に包まれた。
次回でこのシリーズは終わります。
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