世界にただひとりの花嫁 2
しばらくの抱擁の後、
「今のは戯言だ、忘れろ」
ミーアはそっと身体を離した。
その顔に浮かぶのは、今にも崩れそうな、少女の表情――。
「式が近いせいだろうな。すこし浮かれていたらしい」
嘘だ。
明らかに、嘘を吐いている。
浮かれているというのなら、どうして、青い瞳がゆらめいてるのか。
うっすらと滲む涙。
「ミーア……」
俺はそれを拭おうと、手を伸ばす。
けれど、
「もう夜も遅いだろう」
すっと身を引くミーア。
「自分の部屋に戻れ、ヨシト」
「けど」
「私はひとりになりたいんだ。……頼む」
嫌だ。
そう答えるより先に、空間が歪む。
ミーアは無詠唱で《歪曲術式》を発動させていた。
「っ!?」
廊下に放り出される。
したたかに腰を打ち付けた。
「……痛い、な」
物理的にも、心理的にも。
立ち上がる。
ドアの向こうで、ガチャン、と鍵のかかる音がした。
実際のところ、部屋に入るのは簡単だ。
《歪曲術式》でワープすればいい。
けれど、それをすべきではないと感じていた。
――ただひとりの花嫁として、愛してくれないか。
ミーアの本音。
俺は、どう応えるべきなのだろう。
「ヨシト様。少し、よろしいでしょうか」
部屋の前に佇んだまま考え込んでいると、背後から声をかけられた。
ミーアと同じく、青い髪。
プラナだ。
初対面の時と比べると感情的な様子はなりをひそめ、瞳には怜悧な光が宿っている。
「俺に用事でもあるのか?」
「はい」
頷くプラナ。
「どうやらお姉様とうまく行っていないようですし、気分転換の提案をしようかと思いまして。今夜一晩、わたしに時間をくださいな」
* *
その声色は艶やかな響きを孕んでいたが、実際はまったく色気のない話だった。
「わたしを討ち、ミーア様を魔王に立てようとする一派があります。ヨシト様には彼らの排除をお願いしたいのです」
曰く、連中は結婚式の日にクーデターを画策しているらしい。
祝いの品は血塗られた玉座。
まったく、ありがた迷惑とはこのことだ。
「引き受けていただけますか?」
「別に構わないが……意外だな」
「何が、でしょう」
「俺に話を持ってきたことが、だ。お互い、そう友好的な関係でもないだろうに」
なにせミーアをめぐるライバルだ。
プラナにとっては敵に頭を下げるようなものだし、心理的な抵抗はなかったのだろうか。
「ヨシト様にお任せするのがもっとも確実ですので」
こともなげに答えるプラナ。
「わたしの私情はどうあれ、300年前の戦歴と、お姉様が貴方を認めているのは事実。ならば現実を受け入れ、その中で最適解を選ぶべきでしょう」
「もし俺が断っていたら、どうするつもりだったんだ」
「すごく困ります」
「困るって……いや、他の手段くらい用意してるだろう」
「何もありません」
「ええと」
そんな堂々と宣言されても、反応に困る。
すごく困る。
「誤解なさっているようですが、わたしはお姉様が仰るほどの策士ではありません。基本的に思い付きで動いています。人族が内戦状態に突入したのも、ほとんど偶然のようなものですし」
本当だろうか。
あらためて振り返ると、「結婚式に邪魔が入る」という情報を出すことで、俺が断れない状況を作ったようにも思える。
根本的な話をすれば、クーデターが計画されているかどうかも怪しい。
怪しいが――まあ、真偽はいずれはっきりする。
俺は魔王城を出ると、城下町の一角、ドドンゴ伯爵邸に向かった。
ドドンゴ伯は不穏分子のトップであり、今夜、自宅で決起集会を開いているらしい。
「神格接続」
詠唱を始める。
伊城木芳人の本体は、はるか次元の果ての果て、可能性の坩堝というべき場に鎮座している。
存在があまりに「大きすぎる」ため、そのままではどこの世界にも入れない。
無理に身体を捻じ込めば、その世界は崩壊する。
だから、ほどよいサイズの端末を作る必要があって――それが、この俺だ。
「権能開放要請:受託」
全身に神威が満ちる。
空間を跳躍し、ドドンゴ邸の地下へ。
そこは石造りの小さな会議場だった。
中央には円卓が置いてあって、12人の魔族がそれを囲んでいる。
「な、なんだ、貴様はッ!?」
最初に声をあげたのは、首なし騎士。
たしか名前はロクロス。
魔王軍では三千牙長 (少佐~中佐程度) の地位にあり、男爵位に就いている。
それなりの"お偉いさん”だ。
「何者かは知らんが、ここから生きて帰れると――びゃああああああああああああああああ!?」
先手必勝。
《雷撃術式》で気絶させる。
「ロ、ロクロス殿ぉ!?」
「ええい、不届き者め! 我ら円卓の騎士に勝てると思うな――びょえええええええええ!?」
はい、2人目。
今度は吸血鬼だった。
このごろ奥さんとうまく行っておらず、ダメ貴族と罵られる毎日。
手柄をあげて家での地位を向上させるため、クーデターに参加したのだとか。
「まさかこいつ、勇者ヨシトか!?」
「いいや、こんなところに勇者が来るはずがない! 情報工作は完璧な――ぴぃぃぃぃぃぃ!?」
3人目、鳥人。
4人目、魚人。
5人目、猫人。
「うにゃぁ……」
「あと、7人か」
部屋の出口はひとつだけ。
俺はそこを塞ぐように立っている。
不穏分子たちに逃げ道はなく、
「かくなる上は悪党らしく死に花を咲かせてくれるわ!」
「毒を喰らわば皿までよ」
「我ら一丸となれば、たとえかの英雄と言えど――!」
意を決して襲い掛かってきたのは、3人の戦豚。
1人目が剣を振るう。
それを飛び越えて、踏み台にする。
足を起点に《氷結術式》を発動し、氷漬けにした。
直後に、2人目が殴りつけてくる。
相打ち覚悟のクロスカウンター。
こちらは首の骨が砕けたが、《時間術式》で即時の再生。
3人目。
身体を投げ出すような体当たり。
《歪曲術式》でバリアを張り、衝撃をそのまま相手に返す。
余勢を駆って、残り4人に向かう。
狼男の牙を掻い潜り、擦れ違いざまの手刀で意識を絶つ。
戦鬼2人の拳を正面から受け止め、反撃の回し蹴りでまとめて壁に叩きつける。
そして、最後の1人。
「ひいいいいっ! た、助けてくれぇ! わ、私は、私は仕方なく参加していただけなんだっ!」
怯えた表情を浮かべるのは、竜人族の男。
イメージとしては、ほら、ドラク〇6のドランゴみたいな感じ。
引換券扱いされたテリーくんは泣いていい。
マジメに説明すると、竜人は、その名の通り「竜と人の”あいのこ”」みたいな外見だ。
人間じみた直立二足歩行。
ただし全身は鱗で覆われ、顔は竜そのもの。
魔族の中でも高い戦闘能力を誇り、勇者だったころ、何度か苦戦させられた。
ただし目の前の竜人からは、強敵めいた風格などまったく感じられない。
というか、
「自宅で集会を開いておいて『仕方なく参加していた』はないだろ……」
こいつが、ドドンゴ伯だ。
頭を掴み、《精神干渉》を発動。
ふむ。
どうやら結婚式を狙ってのクーデターは本当だったらしい。
プラナは嘘を吐いていなかったことになるが、それはそれで疑問が残る。
彼女にしてみれば、むしろ、不穏分子を放置したほうが好都合だったんじゃないだろうか。
なにせ、自分の手を汚さずに式を妨害できる。
魔王城に戻った後、プラナにそれを訊いてみると、
「結婚式を中止させたとしても、お姉様の気持ちが変わらねば意味がありませんから」
至極まっとうな答えが、返ってきた。
「きちんと方策は考えています。それよりもヨシト様はご自身のことを心配するべきでしょう」
「……分かってるさ」
ミーアの心に、どう応えるか。
答えはいまだに出せていない。
「参考までに、ひとつ」
立ち去ろうとする俺の背中に、プラナが小さく呟いた。
「以前、お姉様はこう漏らしていました。
『ヨシトは変わってしまった。……それを許容しきれない自分は、いずれ消えるべきなのだろう』、と」
「……っ」
「細かい事情は分かりませんが、心当たりがあるのですね」
ある。
まるで心臓を掴まれたかのようだった。
勇者だったころの俺と、今の俺。
その違いは、人間と神様、というだけの話じゃない。
考え方。
感じ方。
どちらも大きく変わっている。
自分を「前世の残滓」と称するミーアが本当に求めているものは、あまりにも明らかで――
「ありがとう、プラナ」
ここに至って、俺は答えを得た。
霧が晴れたような心地だった。
自分がどうするべきなのか、どうしたいのか。
すべては簡単なことだったのに、なぜ、今まで一歩も踏み出せなかったのだろう。
「本当にありがとう。感謝してる。恩人だよ、君は」
「……礼はいりません。その、えっと、手を放してもらえませんか?」
「あっ」
俺としたことが、喜びのあまりプラナの手をとって小躍りしていた。
「すまん、つい」
「……やはり女誑しのろくでなしですね、あなたは」
「今後は気を付けるよ」
そう、今後は。
繰り返しになるが、俺という存在は、あくまで端末のひとつに過ぎない。
いまこの瞬間も、現代日本じゃ別の”伊城木芳人”が日常生活を送っている。
俺の役割は、ミーアを元の世界に連れ戻すこと。
けれど、さ。
本体からして10年前に「ちょっとくらい、好き放題に生きてみてもいいだろう」なんて言ってるんだ。
だったら俺もそうしよう。
ひとりくらい、彼女だけを選ぶイレギュラーがいてもいいはずだ。




