世界にただひとりの花嫁 1
勇者ヨシトの召喚と、ミーア・グランズフィールドとの婚姻。
それは全世界に衝撃をもたらした。
魔族はみな快哉を叫んだ。
もともと過去の怨恨をあまり引きずらぬ気質であるし、それより強者への敬意が先に立つ。
しかもヨシトとミーアの関係は300年を経るうちに「戦場の悲恋」として広く伝わっており、2人が現代に蘇って結ばれるとなれば、
「こんなにめでたいことはない!」
と、喜びの声があがるのも当然だろう。
他方、人族はというと、
「もうダメだ、おしまいだ……」
まるで葬儀が通夜のように静まり返っていた。
なにせヨシトといえば、300年前、たった一人で戦況を覆した伝説の英雄である。
彼が魔族側につくとなれば、もはや万にひとつも勝ち目はない。
この原因を作った人物――ハイリア皇国国王、スデメダ・エル・ハイリアは、
「大変だ! このままではオレは責任を取らされる!」
との言葉を残して失踪した。
スデメダには三人の息子がいたものの、後継者を決めておらず、
「王にはなりたい」
「だが王になればオヤジの責任を取らねばならん」
「じゃ、オレがなっちゃおうかな」
「「どうぞどうぞ」」
「嘘、嘘だから。冗談だから。……お、オレ知ーらねっ、と! いち抜けーた!」
「に抜ーけた!」
「さん抜ーけた!」
親が親なら、子供も子供。
皆そろって行方不明になってしまった。
かくしてハイリア皇国は大混乱に見舞われる。
軍内部の派閥争いも激化し、たちまち内戦状態に突入した。
「治安維持のため、我が国はこれよりハイリア皇国への派兵を行う」
「おっと、抜け駆けはいけませんな」
「こちらも兵を出すとしましょう。ええ、あくまで平和のために」
すると各国は、こぞって皇国へと軍を動かした。
それは先の敗戦から人々の目を反らすためのパフォーマンスであり、同時に、ハイリアの豊富な資源を狙っての侵略行為だった。
たちまち内戦は鎮圧され、ハイリアの地はあちこちに割譲される……はずが、その会議のさなかに事件が起こる。
とある国が密かに持ち込んでいた「試作の魔導爆弾」が暴発。
少なくない数の王侯貴族が命を落とした。
結果――
疑心暗鬼、利害と打算。
さまざまな要因が絡み合い、人族領は群雄割拠の戦国時代に突入してゆく。
もはや魔族と争っている場合ではなく、あるいは、魔族に勝てないという事実を忘れるために、手近なところにいる「勝てる敵」として、同じ人族を叩くことにしたのかもしれない。
* *
というのが、最近3ヶ月のできごとだ。
なにこの激動の時代。
ずっと昔にNHKで『その時歴史が動いた』って番組があったけど、俺はまさに『その時』を体験していた。手記でも残しておけば、後の歴史家が大喜びするかもしれない。
「……どうだ、プラナもやるものだろう?」
まるで己がことのように自慢するミーア。
「10年前、あやつは他の魔王候補を片端から謀殺しておる。すべて流行り病に見せかけてな」
「ああ、知ってるよ」
プラナが魔王になるまでの経緯については、ポーンさんから聞いている。
もともと彼女はさほど王位に興味はなかったが、他の魔王候補によって両親を殺され、自分も命を奪われかけた。運よく難を逃れたあとは復讐を誓い、持ち前の頭脳を駆使して玉座に上り詰めたのだとか。
「搦手にかけては、プラナの右に出る者はおるまい。もし私が召喚されていなければ、異世界の人間を表向きの魔王に仕立て上げ、自分は影からすべてを操るつもりだったらしいな」
「ゾ〇マと〇ラモスみたいなものか……」
あるいは、ムド〇とデスタム〇ア。
ただの妹系百合っ子と思ったら、まさかの裏ボス属性だった。
「その割に、結婚式には横槍を入れてこないな」
「ああ。私も不思議に思っているところだ」
式までは、もう、一ヵ月を切っている。
にもかかわらず、プラナの動きはない。
人族側への政治工作で忙しいという考え方もあるが……ううむ。
「ま、プラナが自立してくれるなら何でも構わん。あれは少し、私に依存し過ぎていたからな」
「やっぱり、結婚はそのための口実だったのか?」
「荒療治だが、な」
ふ、と笑うミーア。
ここは彼女の私室だ。
俺たちは並んで天蓋付きのベッドに腰かけている。
「とはいえ、それだけではない」
ミーアは俺をゆっくりと抱き寄せた。
そのまま折り重なるように、倒れる。
「私はあくまで前世の残滓、吉良沢未亜の付属品だ。双子の女神とはいえ、あちらが主で、こちらは従。……今回の異変がなければ、こんなにも長い間、おまえと2人で過ごすこともなかっただろう」
触れ合う肌と肌。
伝わる体温。
耳にかかる吐息。
そのすべてが、ミーア・グランズフィールドという少女の存在を訴えかけるかのようだった。
「いずれ未亜のもとには戻るさ。あれは危なっかしくて放っておけんからな。だが――」
ぎゅっ、と。
俺のことをさらに強く抱きしめて、ミーアは呟く。
「その前に、前世の心残りを晴らしたい。私だけのおまえとして、おまえだけの私として――一度きりでいい、ただひとりの花嫁として、愛してくれないか」
あと2回でこのシリーズは終わります。




