異世界から勇者を召喚したら、その直後に魔王が攫っていきました。2
「ヨシト殿、あの日の誓いは覚えていますかな」
「ああ。――百合のあいだに」
「割り込む男は」
「馬に食われて」
「地獄に堕ちろ」
グッ。
グッ。
俺とポーンさんは友情を確認し合うと、互いにサムズアップを送り合った。
ここは宰相の“裏”執務室。
壁には少女2人が見つめ合う絵画が飾られ、本棚にはその系統の小説がびっしりと並んでいる。
「ヨシト殿がお変わりないようで安心いたしました」
「ポーンさんは……ちょっと、骨が薄くなりましたかね」
「やはり寄る年波には勝てませんからな」
はは、と笑う骸骨貴族。
「ときに、ひとつ、お伺いしたいことがございまして」
「なんでしょう」
「ヨシト殿が召喚された経緯です。やはり、300年前から時を越えてこちらに?」
「いえ、実は――」
マトモに話すと文庫本4冊くらいの内容になってしまうので、ちょっと端折りながら説明する。
・俺とミーアは別の世界 (現代日本) に転生していた。
・ある日、ミーアが召喚魔法によってこの世界に引きずり込まれてしまった。
・彼女を追いかけるため、俺は人族側の召喚魔法を利用した。
「ミーアがこっちに召喚された根本的な理由は……まあ、やっぱり縁かな、と。元々こっちの世界に住んでたわけですし」
「なるほど、このポーン、乏しい脳髄ですがしっかり理解いたしましたぞ」
いや、脳髄ないだろ。
骨だけの身体だし。
もしかするとポーンさん渾身のボケなのかもしれない。
突っ込むべきかどうか迷っていると。
「ところでヨシト殿、元の世界に帰る方法はあるのですかな」
「ええ、大丈夫です」
すでに神格接続は確立している。
世界間移動ならいつでも可能だ。
「ただ、ミーアなりにこの世界でやりたいこともあるでしょうし、それが済むまでは気長に待ちますよ」
「ありがとうございます。今すぐとなると、プラナ様がどうなるか分かりませんからな」
プラナというと、今の魔王か。
「ミーアにべったり、って感じでしたね」
「ええ。依存百合もいいものです」
うんうんと頷くポーンさん。
業が深いぞこの骸骨。
いや、まあ、俺も気持ちは分かるけど。
* *
などと芳人がポーンと語り合っていた、そのころ、
「やはり、我々の上にはミーア様が立っていただくべきだろう」
「王は強くなくてはな」
「プラナの小娘では役者が足りん」
魔王城の片隅で、とある密議が催されていた。
「ならば、どうする」
「決まっている。プラナを討てばよい」
「だが他の傍流が王位につくのではないか」
3名はみな魔族の未来を憂いている、つもりである。
ただ実際のところ、魔王軍で出世コースに乗ることができなかった者の集まりにすぎず、
――とりあえず現状をぶち壊してみれば、いいことがあるかもしれない。
程度の発想だった。
仮にプラナの暗殺がうまくいったとしよう。
どうあっても魔族領の混乱は避けられないが、3名ともそこにはまったく目を向けていない。
それどころか「愚昧な王を討った英雄」として讃えられる未来ばかりを夢想している。
「心配はいらん。他の血統はいずれも絶えておる。10年前の流行り病でな」
「なるほど、だからあの小娘でも魔王になれたわけか」
「玉座を、正しき王のもとへ返還せねばならん」
かくして。
暗闇で、不穏な影が蠢き始めた。
* *
ポーンさんとの話を終えた後、俺はミーアの私室に向かった。
前もって人払いするように伝えておいたおかげか、プラナの姿はない。
ひとつ、話し合うべきことがあった。
「なあ、ミーア」
「どうした、ヨシト」
「ポーンさんに聞いたけど、俺たち、こっちで結婚してたっけ……?」
「そ、そ、それは、だな……」
視線を泳がせるミーア。
「つ、つい、ついついついつい……」
「落ち着け、深呼吸だ、深呼吸」
「すー、はー。うむ。――つい口が滑ってしまったのだ! バレると気まずいので口裏を合わせるがいい!」
すげえ。
開き直ったぞこの魔王様。
「いいや、言葉だけでは説得力が薄いな。いっそ結婚式でも開くか」
「待て、さすがにそれはやりすぎだろう」
「……私が相手では、嫌か?」
ぐっ。
急にしおらしい視線を向けてくるのは卑怯だと思う。
「嫌なわけ、ないだろ」
「ならばよし。ポーンのやつに日取りを相談せねばな」
弾んだ声とともに私室を出ようとするミーア。
その時、
「お待ちくださいお姉様!」
天井の板が外れたかと思うと、行く手を遮るようにプラナが現れた。
マジかよ。
天井裏に隠れていたのか?
俺ですら気付かなかったぞ。
「その男は、お姉様の夫ではないのですか?」
「……む」
プラナの問いに、口籠るミーア。
「さきほどからお2人の様子をこっそり拝見させていただきましたけれど、お姉様の片想いにしか見えません。というかその男、女誑しのろくでなしの匂いがプンプンします。あっちこっちに現地妻を作って、みんなまとめて俺の嫁、とか抜かしやがるタイプです」
やべえ反論できない。
まったくもって仰る通りですゴメンナサイ。
「その点、わたしは一途です。尽くします。命だって捧げましょう。ですから、どうか、結婚は、結婚だけは……」
ポロポロと涙を零し始めるプラナ。
少しばかり口が悪いものの、純粋にミーアを想っているのだろう。
なるほど、ポーンさんが入れ込むのも納得だ。
ここに割り込むのは無粋と思う。
けれど、
「断る」
ミーアは何のためらいもなく、そう言い切った。
「私は欲しいものが我慢できん質でな。一ヶ月のうちに必ずヨシトと式を挙げる。……おまえも魔王の血族ならば、それ相応の手段で止めてみせよ」
炊きつけるような口調。
それに対してプラナは、
「わかり、ましたっ……」
嗚咽を漏らしながら、しかし、決然と宣言する。
「第32代魔王プラナの名に懸けて、お姉様の結婚を、阻止してみせます……っ!」
「その意気や良し。貴様の権謀術数、楽しみにしているぞ、プラナ」
* *
「実際、プラナに勝ち目ってあるのか?」
「あの娘を舐めるなよ、ヨシト。あれは可憐な百合などではない。食虫花だ。もしも時間があるのなら、10年前に何があったか調べてみるがいい。変な笑い声が出るぞ」
昨日の投稿分については、活動報告をご覧ください……




