異世界の人間を魔王として召喚するつもりが、とんでもないご先祖様を呼び出してしまいました。2
ブルス海。
ここは魔族領と人族領を隔てる海であり、セイレーンたちの住処となっている。
鳥の翼をもつ、人魚。
彼、彼女らはいずれも見目麗しく、高らかな歌声と竪琴で船乗りを惑わせる。
いかにも非戦闘員といった印象だが、
「有事の際は、自分たちが真っ先に死なねばならない」
と、親から教え込まれていた。
「我々が血を流すほどに、本土の者らは奮い立つ」
「同胞の未来のために命を捨てよ」
戦となればセイレーンは竪琴を投げ捨て、獰猛な戦士と化す。
翼をはばたかせ、空から。
尾をくねらせ、海から。
容赦なく、侵略者へと襲い掛かる。
300年前の戦争よりも、さらに昔。
人族が魔族領に攻め入ったときは、船団のおよそ8割がセイレーンによって失われたという。
ならば今回も、歴史は繰り返すのだろうか。
* *
「ヨズン様、セイレーンどもが迫っております」
「手筈通りに進めろ」
人族軍の船団。
その最後方に、総司令官ヨズンの姿があった。
年齢は、今年で28歳。
立場に比較すると、かなり若い。
にも拘らず一軍を率いる立場となれたのは、彼の血筋ゆえだろう。
「一匹も生かして返すな。父祖ヨシトがそうしたように、魔物は皆殺しにせよ。ただ――」
ニィ、と。
脂っ気の強い丸顔に、隠しがたい情欲を滾らせてヨズンは続けた。
「この先は長旅になる。甲板に墜落したセイレーンについては、戦利品として扱っても構わん。……私のぶんも確保しておけよ」
それは一方的な虐殺だった。
「数は多いが、撃てば当たるぞ!」
「引き金を引くだけの簡単なお仕事です、ってね」
「はははっ! なんだよこれ、楽勝じゃねえか!」
300年の間に、人族は大きな進歩を遂げていた。
治金技術の発達。
魔法陣の小型化。
その結果として生まれたのが、魔導銃と呼ばれる兵器である。
形状としては細い筒状で、マスケット銃に似ている。
内部には火と風の魔法陣が刻まれ、火薬なしに、音速域の弾丸を撃ち出す。
まだ数は少ないが、レーザーのように火炎魔法や氷結魔法を放つタイプも生産されている。
弾丸の雨は、容赦なくセイレーンらを貫いた。
ほとんどの者は船に近づくこともできず、1匹、また1匹と散華していく。
「くぅっ……」
とあるセイレーンが、翼を撃ち抜かれた。
致命傷にはならなかったものの、船の甲板に落ちてしまう。
彼女の名を、サーラ、という。
16歳のうら若き乙女であり、童顔で身体の起伏が乏しいことを気にしている。
彼女は、まだ恋を知らない。
いずれ同族の誰かと番になるだろうと思いつつ、これ、という相手を見つけられないでいた。
「へへっ、こんなチビまで戦わすのかよ、魔族の連中は」
「仕方ねえ、戦争の怖さってヤツを教えてやらねえとな」
「フツーはガキに手ェ出したら犯罪だけどよ、ま、魔物なら、別にいいよな……?」
野卑た男たちの視線。
魔導銃の扱いが苦手なものは、捕虜、否、戦利品の収容にあたっていた。
ただ、お世辞にも軍紀は保たれていると言えず、物陰で"味見”を始める者も少なくなかった。
「サーラ! ……うわぁっ!?」
友人たちが駆けつけるも、みなことごとく、銃弾の前に倒れていく。
サーラ自身もなんとか逃げ出そうとしたが、翼のみならず両手両足も傷を負い、満足に動くこともできなかった。
「こうなったら……」
身体を穢されるのも耐えがたいが、同胞らの足を引っ張ることはそれ以上に我慢ならない。
決死の覚悟で、己の舌を噛み切ろうとしたが、
「おっと、死なれちゃ困るんだよ、死なれちゃ」
「んぐっ……!」
猿轡を嚙まされた。
サーラは男たちに組み敷かれ、そして、
「豚め、見るに堪えん」
声とともに、吹雪が訪れた。
晴れていたはずの空は暗雲に包まれ、烈風が巻き起こる。
周囲の男たちは一瞬にして氷の彫像へと変わり果てていた。
「これならば発情期のオークのほうがまだ理性的ではないか」
サーラは、見た。
天空から舞い降りる、漆黒の翼。
ぞっ、とするほどに美しく、凛然とした横顔。
目を逸らせない。
戦のことも、己が危機的な状況にあることも、すべて頭から吹き飛んでいた。
胸が甘く痺れて、背筋が震える。
「大丈夫か?」
「は、はい……」
声をかけられても、うまく答えることができなかった。
この素敵なひとはいったい誰だろう?
名前は分からないけれど、姿は心に刻みつけた。
青い瞳と、青い髪。
あれ?
それは確か、魔王の証だったような――。
* *
ミーア・グランズフィールドの登場によって戦況は覆った。
「――《我が氷星は天堕奈落の鉄槌である》」
巨大な氷塊が、いくつも、いくつも、流星群のように降り注ぐ。
ある船は潰れてひしゃげ、別の船はその余波で転覆する。
わずか1分と経たぬうちに、人族軍は戦力の約半数を失っていた。
「なんだあいつは!」
「攻撃を集中しろ!」
「よく狙え!」
兵士たちは銃を構えた。
何十万もの弾丸が、一斉にミーアへと殺到するが、
「ぬるい」
防御魔法を使うまでもなかった。
ただ羽搏くだけで、あらゆる攻撃は雲散霧消していた。
それどころか、
「《魔導掌握》」
魔導銃が一斉に爆発する。
魔力の流れを"逆探知”し、内部の魔法陣を暴走させたのだ。
――人族軍はこの瞬間、無力な人の群れと化した。
将官たちは恐慌状態に陥り、
「転進、転進しろ! 後方で態勢を立て直す!」
必死の形相で、撤退を指示する。
もちろんそれを見逃すミーアではなく、
「《我が触れるものすべて不朽なれば》」
周辺一帯の海を、氷で覆った。
こうなれば船は満足に動くこともできず、中には、慣性を殺しきれぬまま氷につまづき、無残に横転するものもあった。
「……呆気ないものだな」
己の生み出した氷原を睥睨しながら呟くミーア。
これで第一段階は達成された。
圧倒的な力による、蹂躙。
今代の魔王とその配下が、自分の姿から何かを学び取ってくれればいいのだが。
「まあいい。レッスン2といこう」
意識を集中する。
《読心》。
将兵たちの思考を読み取ると、すぐに動き出した。
* *
総司令官ヨズンは、
「な、なんだ……! どうなっているんだ、いったい……!」
真っ青な表情で、ぶるぶると震えていた。
理解できない。
なんだあのバケモノは。
魔族なんて腑抜けぞろいの雑魚ばかりじゃないのか。
話と違う! 騙された!
ここで手柄を稼いだら、元帥位を貰って後方でひたすら酒池肉林のはずだったのに。
怖い、怖い、怖い――!
ヨズンは狂乱のあまり、さきほど届けられた『戦利品』の首を絞め、無残に窒息死させていた。
「――そのざまでヨシトの子孫を名乗るか。片腹痛い」
蔑むような声とともに、冷気が吹き抜けた。
船室が氷に包まれ、砕け散る。
「うわ……っ!」
何者かに首根っこを掴まれた。
浮遊感。
「た、助けてっ! 助けてくれぇ!」
「喚くなよ、勇者の血を引いているのだろう?」
放り投げられる。
受け身も取れず、したたかに腰を打ち付けた。
ヨズンの目に涙があふれた。
「うぅ……」
呻きながら顔をあげると、青い目の少女が、ひどく興醒めした視線を向けていた。
「お、おまえは」
何者だ、と問おうとした。
だが、
「ひぎっ!」
開いた口に、靴の爪先を捻じ込まれた。
「あ、がっ……うぅ……」
「無様だな」
少女――ミーアは器用にも足先でヨズンを持ち上げると、そのまま地面に叩きつける。
「ぐ、う……私を、誰だと、思ってるんだ……っ」
「勇者ヨシトの血を引く者だろう?」
「うあああああああああああああああああああああああっ!?」
ミーアはヨズンの右手を握り――握りつぶした。
骨が砕け、動脈から血が噴き出す。
「があああああああああっ! ああああああああっ! ぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「喚くな鬱陶しい。その程度の傷でガタガタ抜かすな」
腹を蹴り抜いて、黙らせる。
「ヨシトの子孫なのだろう? 《時間術式》はどうした。あいつは首を落としても死ななかったぞ。火山に投げ込んでも這い上がってきた。そのレベルまでは期待していないが、右手の一本や二本、さっさと治してみせろ」
「くぅ……ぁぁ…………」
「《浄華灼滅》での起死回生、《歪曲術式》でのカウンター、《虚影術式》での奇襲――勝ち筋はいくらでもあるな? ほらどうした、このままではヨシトの名が泣くぞ」
嘲るように嗤うミーア。
彼女はその魔力でもって、ヨズンとの戦いを全世界の空に映し出した。
戦場の兵士のみならず、王侯貴族、平民に至るまで――
“勇者の子孫”を名乗る者が、無残に這いつくばる姿を見せつけられていた。
「た、助け、助けてっ……!」
「断る。……ああ、いや、待てよ。私の質問に答えるというなら、考えないでもない」
気怠そうに手を伸ばすミーア。
そのまま、ヨズンの首を絞めるように掴み上げた。
「貴様の先祖は誰だ? 300年前に召喚された異世界人は、ヨシトだけではないからな。正直に答えろ、さもなくば殺す」
「ひっ、あ、わ、わっ、い、言います! 言いますから、殺さないで……!」
それから、ヨズンは叫んだ。
己は、ヨシトの血など引いていない、と。
彼と同時に召喚された異世界人のひとり――小里守の子孫だ、と。
「い、い、言いましたっ! だ、だから、どうか、命だけは……!」
「……断る」
右手を掲げるミーア。
冷気が凝縮し、氷の槍が形成された。
「たしか小里守とやらのせいで、ヨシトは皇帝暗殺の濡れ衣を被せられたのだからな。折角の機会だ、その血筋、絶やしておくのも一興だろう」
「……ぁっ」
鉾が、氷原を抉った。
ヨズンが地面に倒れ伏す。
だが絶命してはいない。
槍はギリギリ頬を掠めただけで――ヨズンは、気を失っていた。
* *
戦いのあと、ミーアは「少し、やり過ぎてしまったかもしれん」と呟いた。
* *
実際、その通りだった。
ヨズンの敗北によって多くの人々は戦意を挫かれたが、
「このままでは人族は滅亡する!」
「どうすればいいんだ……」
「安心しろ、オレにいい考えがある」
恐怖が裏返り、暴走を始める者もいた。
ハイリア皇国の王、スデメダ・エル・ハイリアもそのひとりだった。
「異世界から勇者を召喚し、我がハイリア皇国が魔族を駆逐するのだ!
いいや、全世界を征服してくれるわ、フハハハハハハハハッ!」
かくして儀式が執り行われる。
その過程は300年前の再現。
可憐な姫も用意し、色仕掛けの準備もばっちりである。
魔法陣から光が立ち上り、黒髪の青年が現れた。
「おお勇者殿、どうか世界を救っていただきたい!」
「えっと……」
青年はかなり戸惑っているようだったが、無理もあるまい。
なにせいきなり見ず知らずの世界に連れてこられたのだから。
だがスデメダは持ち前の勢いで押し切り、青年に戦うことを了承させた。
「なあに、安心めされよ異世界の方。なにも一人で戦えとは言っておらん。300年前に世界を救った英雄――ヨシトの子孫も同行させようぞ」
「へっ……?」
「やあ、僕の名前はヨスス。ご先祖様ほどじゃないけど、それなりに腕に覚えがあるんだ。よろしく」
「あ、ああ……」
青年は首を傾げる。
それからひとり、呟いた。
「おかしいな。俺、こっちじゃ子供なんて作ってないぞ……?」
王様のファーストネームを逆から読むとネタバレになります
いちおう補足
300年前当時、芳人とともに召喚された男メンバー。
刀束大和:正統派主人公、品行方正なイケメン。
小里守:やれやれ系。二次創作のオリジナル系主人公みたいな感じ。
城を脱出し、ハーレムを築く。
戦争が激化した際に命を落とすが、子孫は生き残っていた。




