異世界の人間を魔王として召喚するつもりが、とんでもないご先祖様を呼び出してしまいました。1
ミーア・グランズフィールドの話
「どうかわたしたちをお救いください、魔王様……」
目の前に跪くのは、青髪の少女。
透き通るような白い肌。
その背から伸びるのは、鴉を思わせる黒い羽根。
まるい、大きな瞳は涙に濡れていた。
縋りつくような視線。
少女は、儚くも可憐だった。
清楚。
しかしながら、どこか隙がある。
彼女を助けているうちに、そういう関係になれるかもしれない。強引に迫れば、おそらく――。
そんな妄想を掻き立てるような、ある種の魔性を兼ね備えていた。
ただ、
「魔王だと?」
この場に召喚されたのは、誘惑が通じるような相手ではなかった。
「何の冗談だ、これは」
戸惑いとともに周囲を睥睨する。
大理石の立ち並ぶ儀式場。
見覚えのある光景だ。
おそらくは、魔王城の地下。
ただ、彼女の記憶に比べると、妙に古ぼけて見えた。
* *
それは彼女にとって予想外の事態だった。
裏山でねこと戯れていたら、突然の浮遊感。
気が付くと、そこは前世で暮らしていた世界だった。
(神格接続――失敗。自力での帰還は不可能、か)
おそらくは転移魔法の副作用だろう。
女神としての力は使えなくなっていた。
(ま、どうとでもなるさ)
自分はすでに神格がどのようなものか知っている。
ゴールが見えている以上、そこに返り咲くことは決して不可能ではない。
(ヨシトが助けに来るのが先か、私が神域に至るのが先か。なかなかに面白い余興だな)
クク、と笑い、
(そうは思わないか、未亜? ……未亜?)
しかし、表情が凍り付く。
己の主人格――吉良沢未亜の気配がまったく感じられないのだ。
(……ふむ)
状況を遡って推論する。
(転移魔法は"時空の孔”を生み出すものだ)
だが、そこに『吉良沢未亜』という存在は入りきらなかったのだろう。
無理もあるまい。
いまは人間として生きているが、本来は次元を統べる神格のひとつなのだから。
畢竟、転移魔法は失敗に終わる。
はずだった。
だというのに、奇妙な偶然が起こる。
副人格たる自分――『ミーア・グランズフィールド』のみの召喚。
(前世の縁かなにかに惹かれたのかもしれんな)
そう結論付けて、思考を打ち切った。
「……む?」
違和感に気付いたのは、その時だった。
神殿には上位魔族と思しき者らが詰め掛けていたが、ひとり残らず倒れ伏していた。
動けないだけならまだしも、白眼を剥いて気絶している者さえいる。
「なんだ、この程度の瘴気に中てられたのか」
魔王城は、ミーアにとって実家そのものである。
久しぶりにくつろいだ気持ちで瘴気を解放した結果、大惨事が起こってしまったのだ。
「ま、魔王、さま……?」
青髪の少女が、震えながら声を発した。
その左手には紋章が刻まれている。
交差する双剣。
それは魔王のあかし。
ミーアは首を傾げる。
「何を言っている。魔王は貴様だろう」
「……えっ」
虚を衝かれたような表情を浮かべる少女。
「どうして、それを」
「当然だろう。私を誰だと思っている」
ミーアは左手を掲げる。
そこには、少女と寸分違わぬ魔王紋が輝いていた。
「私はミーア・グランズフィールド。第二十七代魔王、ラオ・グランズフィールドの娘だ」
「…………」
少女は、絶句していた。
目を大きく開き、微動だにせず――崩れ落ちた。
驚愕のあまりに気を失ったのだ。
「胆力が足りんな」
少女が床に顔をぶつける寸前、ミーアがそれを抱き止める。
それから、周りの魔族に対し、
「誰か、状況を説明しろ。貴様らはいったい何を召喚したつもりだったのだ」
曰く。
今回用いられた転移魔法は、
「異世界の人間を召喚し、疑似的な魔王に仕立て上げるものなのです」
と、いうことらしい。
「ですが、まさか、ミーア様を召喚してしまうとは……」
頭を抱えるのは、宰相のポーン。
今年で400歳となるワイトロードであり、かつてはミーア率いる『黒翼師団』で参謀を務めていた。
「ううむ、なんといいますか、ううむ」
「ポーン、困ったときに頭を外すクセは変わらんのだな」
骸骨の宰相は、文字通り、『頭を抱え』ていた。
そうすれば新しい考えが出るかもしれない、とばかりに、自分の頭を両手で揺らしている。
「す、すみません。性分なもので」
「構わん。だが、うっかり落とさぬように気を付けよ」
「はい、それはもう。……おっとっと」
「ああもう、これだから貴様という骸骨は……」
ポーンの手からこぼれた頭蓋をキャッチするミーア。
「ありがとうございます、ミーア様」
「まったく、よくもその不器用さで400歳を迎えられたものだ」
「幸い、あれ以来ずっと戦争もなかったもので……」
「だが、キナ臭くなっているのだろう?」
時は星歴1754年。
彼女の生きていた時代から、およそ300年が過ぎ去っている。
やはり異種族同士は分かり合えないのだろうか、人族と魔族は再び対立するようになり、ついには開戦間近となっているらしい。
ただ、その構図はかつてと全くの逆。
人族が、魔族領へ攻め込もうとしていた。
だがこの数百年で魔族は衰退の一途を辿っており、戦争となれば敗北は明らか。
そこで一縷の望みを賭け、異世界からの魔王召喚を行ったという。
「300年前、我々魔族は勇者ヨシトによって大きな被害を被りました。ゆえに――」
「過去の教訓に倣い、異世界の人間を頼ることにした、と」
「仮にヨシト殿がこちらにいれば、これ以上に頼りになるものはありませんからな」
「ほう?」
クク、と笑みを浮かべるミーア。
「ならば私では役者不足か、ポーン」
「い、いえっ、決してそのような……」
「冗談だ。実際、私のヨシトは強いからな」
ミーアは自慢げな表情で頷く。
「まあ、召喚されたからにはそれなりの働きを見せるとしよう。期待しているがいい」
そう、宣言した矢先、
「宰相閣下! 伝令、伝令です!」
このときミーアとポーンは宰相の執務室で話をしていたが、そこにリザードマンが駆け込んできた。
真っ青な顔をしている。
「人族軍の大船団が迫っております! 兵数はおよそ5万! 司令官は勇者ヨシトの子孫、ヨズンのもよう!」
瞬間。
執務室が凍り付いた。
比喩ではない。
ミーアの全身から冷気が放たれ、ありとあらゆるものを氷に包んでいた。
かろうじて無事だったのは、上位魔族のポーンのみである。
「ヨシトの子孫だと……?」
「ミ、ミーア様」
氷点下に達した空気に震えながら、ポーンが口を開く。
「諜報部の調査によると、ヨズンのそれは自称の疑いが強いと……」
「当然だろう。少なくともこの世界に、ヨシトは子種を残していない…………はずだ」
たぶん。
おそらく。
きっと。
断言しきれないのが、少し、悲しいところである。
「いかがなさいますか、ミーア様。すぐに兵を――」
「不要だ」
「……は?」
「ヨシトの血筋を名乗る不届き者は、私の手で引き裂かねば気が済まん。……ああ、そうだ。この際、集めれるだけの魔族をすべて連れてこい。どうにも腑抜けているようだからな。魔族とはどうあるべきかを教育してやろう」
次回は『ミーア (単騎) VS 人族軍』か、他の子のSSになります。
冒頭に出てきた青髪ちゃんは、血筋的にはマーニャさんの子孫。




