※合意の上の行為です
ここからは番外編
芳人たちの「その後」を断片的に描いていきます。
細かい時系列を気にしてはいけない (懇願)
※9章は小学生編なので、たぶん今回の話は13章あたりに相当します。
「はい、芳くんはだんだん眠くなる、眠くなる、眠くならないと永眠させますよー」
「待て玲於奈、木刀を構えるな」
「いいえ、仕込み刀です。痛みは一瞬ですのでごあんしんください」
何も安心できない。
というか催眠術なのか、これは。
「『大きな棍棒を携えて、穏やかな声で話せば交渉は成功する』――西アフリカのことわざですが、催眠術も同じと思います」
「いや、明らかに違うだろ」
「それはどうでしょう。よく考えてください。きのうテレビでやってた催眠術も、ギャラとか偉い人のコネとか、そういう『大きな棍棒』のおかげで成り立っているわけです。芸能人はもちろん、観覧客に催眠術をかける場合も、仕込みの劇団員なのがほとんどですし」
「夢のないことを言わないでくれ。いや、まあ、うすうす分かってたけどさ……」
「うすうすなのはコンビニで買える0.01ミリのアレだけで十分です」
「あ、うん……」
うら若い女子がそんな際どいネタをぶっこまないでほしい。
俺としては、その、なんだ。
反応に困る。
どうしたものかと部室を見回せば、静玖がすみっこで文庫本を読んでいた。目が合う。逸らされた。ちょっと耳が赤い。『0.01ミリのアレ』を想像しているのかもしれない。
「なんですかこの沈黙。場の空気に催眠術をかけた覚えはないのですが」
どう考えても玲於奈のせいです。
ありがとうございました。
ピンポンパンポーン。
――1年4組の神薙玲於奈さん、至急、職員室まで来てください。
――裏庭の件で、校長先生からお話があります。
不意に鳴り響く校内放送。
「玲於奈、また何かやらかしたのか」
「裏庭がどうにも寂しいので、劇的かつビフォーでアフターなガーデニング (テーマ:マンドラゴラが合唱する昼下がり) を……」
「さっさと職員室に行け」
ほんと自由に生きてるなコイツ。
よく退学にならないものだ。
「分かりました。私の催眠術で先生がたを納得させてきます」
木刀もとい仕込み刀を手に、職員室へと向かう玲於奈。
恐喝罪で捕まらないことを祈るばかりだ。
「ふう……」
嵐が過ぎ去ったような心地でイスにもたれる。
細かな経緯はまた説明するが、《泡》との戦いからおよそ10年が過ぎた。
俺は15歳になり、いまは『退魔師専門の教育機関』――私立真月館学園高等部に通っている。
「どうぞ、芳人さま」
「ありがとう、静玖」
こぽぽぽぽ……と、急須が音を立てる。
いつのまにか近くに来ていた静玖が、お茶を淹れてくれた。
「玲於奈ちゃんはいつも元気ですね」
「まあ、しょんぼりしているよりはいいさ」
静玖も玲於奈も、俺と同じく高校1年生……ということになっている。
人間としての年齢差を考えるとおかしな話だが、玲於奈曰く、
――芳くんと学園ラブコメするのも面白そうですし。
ということで、静玖を巻き込んで因果を弄ったらしい。
いいのかそれ。
責任者呼んでこい。
俺ですごめんなさい。
潤いのある高校生活を送りたかったんです。
「ふう……」
お茶はちょうどいい温度だった。
熱すぎず、温すぎず。
静玖はこのあたりの加減がほんとうに上手い。
「あの、芳人さま」
「どうした?」
「さっき玲於奈ちゃんが言ってましたけど、テレビ番組の催眠術って――」
「実際のところ、どうなんだろうな」
すべてやらせかもしれないが、現実は案外とファンタジーだ。
魔法や呪術が存在している以上、自称催眠術師たちがホンモノという可能性もありうる。
「極端な話、俺や月を呼んでくれりゃ、仕込みなしでも催眠ショーはできる」
「芳人さま、《精神干渉》が得意ですしね」
「めったに使わないけどな」
せいぜい、トチ狂った暴漢を制圧するときくらいか。
あれはたしか半年前だったか……と思い出しながら、湯呑みの茶を飲み干した。
「お代わりはどうですか?」
「ああ、頼む」
「はい!」
甲斐甲斐しく2杯目を注いでくれる静玖。
いつものことながら、ありがたい話と思う。
そうだ。
「静玖、何かしてほしいことはないか?」
「どうしたんですか、急に」
「たまには恩返しというか謝恩セールというか……まあ、そんな感じだ」
「ありがとうございます。でしたら、えっと」
うーん、と頤に人差し指をあてて考え込む静玖。
「催眠術、かけてもらっていいですか? 身体が勝手に動いたり、眠くなったり。……そういうの、ちょっと興味があるんです」
* *
それははじめ、純粋な好奇心からの“お遊び”だった。
「わ、腕が上がりません」
「深層意識をこっちで掌握してるからな。もうちょっと複雑なこともできる。たとえば……」
『アルプス〇万尺』を歌いながら、互いにパン! パン! と手を打ち鳴らす。
「わたし、こんなに早くできません。すごいです、芳人さま」
「ふふん」
女の子に褒められると、つい調子に乗ってしまうのが男のサガだ。
さらにスピードを速めていく。
自分の手を動かしつつ、静玖の身体をコントロール。
パパパパパパパパパパパン! パパパパパパパパパパパン!
もはや達人レベルの剣戟のごとく、風を切り裂いての一万尺、二万尺、三万尺。
そうなると全身も激しく動くわけで、なんというかもう大地震だった。
静玖の上半身のアルプス山脈とか。
俺の目はついついそこに引き寄せられ、うっかり、集中を途切れさせてしまう。
結果。
「きゃっ!?」
「わっ!?」
互いの掌は外れ、勢い余って抱き合うような形になってしまう。
そのままグラリと重心が傾き、転倒。
俺はしたたかに腰を打つ。
ほぼ同時に、やわらかな、しかし明確な圧迫感が顔に覆い被さった。
「ひ、ひずく、ふぁいじょうぶか?」
「ゃっ……くすぐったいです、芳人、さま……」
口を動かすと、布越しにつん、と硬い感覚があった。
なんだろう、これは。
「ふぇがふぁなひか?」
「ん……ゃぁっ…………」
妙に艶っぽい吐息を漏らす静玖。
ええと。
もしかして俺の顔に乗っかてるのは、いわゆるお胸様というやつでしょうか。
ならばこの突起部分は――
「ふ、ふはん!」
慌てて顔を離そうとした。
けれど、逆に、抱きすくめられた。
「芳人さま、リクエスト、もうひとつ、いいですか……?」
ぐりぐりと胸を擦りつけるようにして、静玖が言う。
「意識があるのに抵抗できない、ってシチュエーション、あるじゃないですか。
その……大人向けの本、とかで」
静玖の言わんとすることは、なんとなく分かる。
催眠術系の薄い本とかでたまに見る展開だ。
「……えっと」
少し口籠る静玖。
それから、少し照れながら、
「ああいうの、ちょっと、憧れます。
糸の切れた人形みたいな状態で、目茶苦茶に扱われてみたい、です」
「いやー、さすがの催眠術も先生方には通用しませんでした」
と言って玲於奈が戻ってきたのは、およそ2時間後のことだった。
時計はもう7時近くになっている。
「裏庭をビフォーに戻したのですが、おかげでお腹もペコペコです。今日の晩御飯は何ですか、静ぽん」
「……はぁ」
「静ぽん?」
「えっ!? ど、どうしたの、玲於奈ちゃん!」
「何やらボンヤリしてますね。もしや私のいないあいだにピンクな事件が……」
「そそそそそ、そんなこと、ないよっ!?」
静玖さん、それ、バレバレだと思います。
なお、俺も冷や汗が止まらない模様。
「ま、いいでしょう。メニューが決まってないなら肉じゃがを所望します。もちろん松阪牛で」
「玲於奈ちゃんだけ見切り品の脂身ね」
「なんたる暴挙……」
ガクリとうなだれる玲於奈。
「それじゃあ芳人さま、帰りましょうか」
「ああ」
頷いて、俺は席から立ち上がる。
その寸前、
「――また、催眠術、してくださいね」
耳元で、静玖が呟いた。
Q.何の部活なの?
A.そのうち明かします (訳:まだきめてません……)




