第100話 現代も案外ファンタジーだったので、好き放題に生きてみようと思う。
伊城木直樹との関係は、もはや一言じゃ語り尽くせない。
記憶の消去。
誰とも結ばれるな、という呪い。
神薙真姫奈をはじめとして、たくさんの女性を挟んだ因縁。
ただ、ひとつだけ、確かなことがある。
高校生だったあの日、俺は直樹に勝てなかった。
真姫奈を奪い取ると意気込んでおきながら、結果はあのとおり。
精神を弄られたあげくのトラック事故。
なんて情けない。
惨めな敗北だ。
それは、“八矢房芳人”にとって最後の心残り。
俺は、自分自身の仇を討ちたい。
我ながら器の小さな話だが、男としての矜持が叫ぶのだ。
負けっぱなしで済ませられるものか、と。
「こうやって君と話をするのは、何年ぶりかな」
静まりかえった音楽室の中、直樹がしみじみとした表情で呟いた。
「いいや、初めてだよ」
俺たちは深く関わり合っているが、実のところ、まともに言葉を交わしたことは一度もない。
花火大会のときも、音楽室のときも、直樹の精神干渉で打ち切られている。
「……今更かもしれないけれど、僕は、こんな力を持つべきじゃなかったんだ」
ほんとうに今更だ。
というか、他に話題もあるだろうに。
真姫奈のこととか、深夜のこととか。
よりによって自分語りを始めるのか、このタイミングで。
「なまじ心を操れるばっかりに、他人のことが分からなくなった。それどころか自分の気持ちすら見失ったんだ。高校生の時も、君に真姫奈を寝取られて――衝動的に、つい、精神干渉を使ってしまったんだ。ほんとうに、この力を呪わずにいられないよ……」
はあ、と。
悲嘆のため息を吐く直樹
右手を額に当て、痛ましげな表情を浮かべている。
俺は、
「まるで他人事だな」
右拳を握った。
一歩踏み込む。
そのままストレートを直樹の頬にぶち込む、前に、寸止めした。
「ひっ……!?」
顔に怯えを浮かべ、腰を抜かす直樹。
へたり込んでしまったまま、責めるような視線をこちらに向ける。
「い、い、いきなり、何をするんだよぉっ……! や、野蛮人っ……!」
「ならお前は、文明人と言えるほどの知能があるのか? 力に振り回されてばかりなんだろう?」
「ず、ずるいぞ! 揚げ足をとるのは、バカでもできる安易な罵倒じゃないか! そうやってお前たちは、賢いふりばかりして……! そうだ、いつだってそうだ、前だって――」
と、直樹はやたら昏い瞳で、不特定多数への怨念を垂れ流しはじめた。
正直なところ、とても聞いていられない。
「諸悪の根源は《精神干渉》で、自分はむしろその被害者?」
だから話の軌道修正も兼ね、語気を強くして遮った。
「それ、今まで踏み躙ってきた相手の前で言えるのか?」
「当たり前だろ! 本当のことなんだから! なんで分かってくれないんだよ!」
ようやく足に力が入ったのか、わたわたと立ち上がる直樹。
そのまま両手で俺に掴みかかってくる。
「どうしてお前たちは僕と向き合わないんだ!」
いや、待て。
会話の途中でいきなり第三者の悪口大会を始めておいて、自分と向き合え、ってのは意味不明すぎるだろう。というかそれ、「僕のことを、僕に都合よく理解してくれ」って意味じゃないのか。
「小さいころからおじいちゃんに殴られて! 蹴られて! 外でもいじめられて! 芳人に真姫奈を取られて! 真姫奈に芳人を取られて! ――辛かったんだ! 辛くて辛くて、そんなときに《精神干渉》なんて力があったら、縋るだろう!? 頼るだろう!? 誰かがちょっとでも手を差し伸べてくれてたら、こうならなかった! 僕を愛して、救ってくれたら、それだけでよかったんだ! なのに、なのに……お前たちのせいで!」
嗚咽。
直樹はやがて泣き崩れていた。
ただ、俺からするとどうにも演技くさく感じてしまう。
自らを悲劇のヒロインに見立てて恍惚としている。
そんな印象だ。
言いたいことはある。
伊城木月を強姦したこと。
小夜ねえを廃人まで追い込んだこと。
それは《精神干渉》とはまったく関係のない、伊城木直樹の所業だ。
なにより、さ。
「おまえを愛してくれたヤツなら、いただろ」
「……えっ?」
まるで心当たりがない。
そう言いたげな表情を浮かべる直樹。
「マーニャさんのこと、忘れたのか」
だとしたら、あまりに彼女が可哀想だ。
少なくとも出会ったころは直樹のことを慕っていたし、つい最近も、落ちぶれたコイツをマンションに置いていた。そこに《精神干渉》は関与していない。純粋な、マーニャの感情だ。
「それ、は……でも…………っ」
「『非処女で経産婦なんてヒロインとしてアウト』。昔、そんなことを言ってたよな」
「あ、当たり前じゃないか! あんなの、トロフィーにすらなりゃしない!」
「そうか」
ああ、うん。
なんというか、もう、言葉もない。
呆れ、とはこういう感情なのだろう。
復讐心すらも失せていた。
だから、
「これは、八矢房芳人のぶんだ」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃに濡れ、けれどどこか薄っぺらい直樹の顔に――
拳を叩きつけた。
「ぐぷっ……」
情けない呻き声を漏らし、直樹は倒れ込む。
もうどうでもいい。
興味は失せた。
ただまあ、微妙な心残りもスッキリしたし、
「……あとは好きにしろ」
いままで直樹が踏み躙ってきた人々の魂を召喚する。
腸が千切れるような絶叫が響いた。
* *
音楽室を出てしばらく行くと、渡り廊下のところに、
「芳人……」
「芳人くん」
真姫奈と、深夜が待っていた。
どちらも高校のときの姿だ。
あらためて観察すると、遺伝子は残酷だなと思う。
玲於奈が平たいのはどう考えても真姫奈のせいだし、小夜ねえもといアルカパ様が女神級に豊穣なのは深夜のおかげなんだろう。
「よかった、無事で……」
涙ぐむ真姫奈。
おそらく、俺が死んだ日のことを思い出しているのだろう。
「その、芳人、くん……?」
どこかバツが悪そうに話しかけてくる深夜。
そりゃそうだよな。
最後に会ったときはお互い、敵同士だったんだから。
「済んだことだし、気にするなよ」
「……うん!」
俺が軽い調子で告げると、感極まったような表情で、深夜が胸に飛び込んできた。
が、ちょっとストップ。
「どうして……?」
「深夜には、まず、することがあると思う」
具体的には、小夜ねえへのごめんなさい。
直樹の指示だったとはいえ、やはり、罪は罪だろう。
謝っただけで済むかどうかは分からないが、そこはさすがに俺が口を出すことじゃない。
「真姫奈もだ。……玲於奈のやつ、内心でわりとマジキレしてるから頑張れ」
「……わかった」
頷く真姫奈。
数秒して、2人の姿が消えた。
償うべき相手のもとへ向かったのだろう。
俺もみんなのところに戻るとしよう。
再び、次元の最奥へ。
「芳人さま、お帰りなさい!」
最初に出迎えてくれたのは、静玖。
まるで散歩中の仔犬みたいにウキウキしている。
「聞いてください! いろいろと試してみたんですけど、時間軸を無限に並べることでいわゆる世界線を複数併存させて、世界平面というべきものを――」
やべえサッパリわかんねえ。
とりあえず静玖が中2病を発揮しまくって、無限に広がる平行世界的なものを、無限個ほど用意して、さらにそんな次元を無限に作り、上位次元・下位次元みたいなものを各次元にくっつけた模様。その階層構造も無限、もとい自動生成されるという。すでに存在する次元とか世界もここに組み込まれた模様。やっぱり意味不明。無限のバーゲンセールやコレ。
考えるだけで頭が痛くなるので、なんかもう、静玖に任せておこう、うん。
あたりを見渡す。
遠くの方で、ミーアとアリシアが「どちらがより勇者ヨシトを知っているか」の張り合いを始めていたり、水華さんとフィリシエラが「従者とはかくあるべし」みたいな議論で意気投合していたり、ほか複数の女の子たちが「気の多すぎる芳人をどう処刑するか」みたいな議論を始めていて……うん、逃げよう。神様だって生きてるんだ。死にたくない。
ともあれ、これで俺の物語と言うべきものは一段落だ。
これから何をするかは、まだ、決めてない。
酒池肉林のハーレムを決め込むかもしれないし、あるいは、元の世界で人間として暮らすのも悪くない。
ま、いずれにせよ。
ちょっとくらい、好き放題に生きてみてもいいだろう。
たぶん。
これにて『現代も案外ファンタジーだったので、好き放題に生きてみようと思う。』は完結となります。
応援・ご愛読ありがとうございました。




