第99話 創次元神話
やべえ。
《泡》もとい《白獣》との戦いを終えたあと、俺は、自分が色々とやりすぎてしまったことに気付いた。
まず、辿り着いた場所からして途轍もない。
次元の狭間を貫き、その向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの、向こうの――無限回の突破を繰り返した、終着点。
天元とか、太極とか、根源とか。
そういった言葉で表現される、いわば、“すべてのはじまり”……の裏側。
“まだ存在していない次元”が混沌と渦巻く、可能性の坩堝。
俺はそんなところに立っていた。
立っているだけだ。
別に何もしちゃいない。
けれど、さっきまで派手に暴れていた影響だろうか――
新たな次元と、時間と、世界が、いくつもいくつも、生まれようとしていた。
なにこれ。
俺はもしや、創造神的なサムシングになってしまったのだろうか。
「光あれ…………とか?」
現実を受け入れきれず、ジョーク半分に呟いてみた。
すると光があった。
マジかよ。
ここから何をしたらいいんだ。
旧約聖書とか持ってくればよかった。
あっ、そうだ。
綾乃さん綾乃さん、あなたも天地開闢とかしてたっぽいですよね。
先輩としてアドバイスしてくれませんか。
「ちょっと難しいかな、ごめんね」
ぴょこっ、と隣に綾乃が飛び出してきた。
その姿は幼稚園児としてのものではない。
ゆるくウェーブのかかった黄金の髪。
きらめく金色の瞳。
口元には超然とした微笑を湛えている。
人間に換算すれば十代後半くらいか。
ずいぶんと女性らしい身体つきになっていた。
これが綾乃という神の、本来のかたちなのだろう。
「……芳人くん、どこ、見てるの」
「すまん」
俺の視線は、綾乃の胸へと吸い寄せられていた。
ものすごく母性的というか、創世神にふさわしいサイズだったので、つい。
「もう、神様になっても男の子なんだから」
と言いながら、ひらひらの衣服で胸元を隠す綾乃。
恥じらっている様子が可愛らしい。
「話の続きだけど」
頬を朱色に染めつつ、綾乃は言う。
「いま芳人くんがしていることって、次元そのものの創造なの。私はあくまで世界を作っただけ。次元があって、はじめて世界が成り立つんだよ。大陸と国家みたいな関係かな。大陸を作るのと、国家を作るのとじゃ、ぜんぜん話が違うよね」
「なら、手探りでやるしかないか……」
困ったな。
操作法も不明なままサンドボックス系のゲームを始めたような気分だ。
マインクラフ〇とかあのへん。
「芳人くん、また悪いクセが出てるよ」
「ん?」
「困ったら、みんなを頼ればいいんだよ」
その手があったか。
静玖あたりはこういうの、好きな気がする。
「はい、静玖に任せてください!」
俺は内側にたくさんの神格を抱えている。
その存在を意識すれば、いつでも近くに呼び出せる。
「芳人さま、どんな次元にすればいいですか?」
「静玖の好きにしてくれていいぞ」
「じゃあ……『トラック事故での異世界転移』が成立するような次元、とか?」
「いいんじゃないか?」
「分かりました! 頑張りますね!」
やたら楽しそうな様子で、さっそく次元の創造に取り掛かる静玖。
他にも興味のありそうな連中を召喚し、いろいろと試してもらうことにした。
「懐かしいな」
ふと、綾乃が遠い目でつぶやく。
「昔、同じようなことがあったんだよね」
「世界を作った時か?」
「うん。あのときも……あれ…………?」
「どうした?」
「えっと」
狼狽えたように視線を逸らす綾乃。
「芳人くん、前にも同じようなこと、してない?」
「いいや、覚えがないな」
「だよね、うん、そうだよね……」
何度も頷く綾乃。
まるで自分自身に言い聞かせるかのようだった。
さて、その間にも静玖たちの作業は進んでいる。
ギャグマンガの次元、ロボットアニメの次元、ループものの次元――。
さまざまな次元が生み出されつつあった。
「そろそろ、いいか」
俺は終神を呼び出す。
黒獣をひとまわり大きくしたような姿だが、瞳には理性の光が宿っていた。
「ナンノ、ヨウジ、ダ」
ただ、やっぱり声は歪んで掠れている。
何十億年ものあいだボッチだったからだろう。
「次元をひとつ、任せたいんだ」
「……イイノ、カ?」
「ああ」
終神も終神で、たくさんの魂を抱えている。
それは終神の時間軸におけるアリシアだったり、未亜だったり、俺がまだ出会っていない誰かだったり――
彼女らが幸せに暮らせるような場所を作ってほしい。
「これは、返しておく」
俺が手渡したのは、伊城木月の魂だ。
ただし、向こうの時間軸の。
「リセットしたい、やり直したい、って言ってたからな。できれば叶えてやってくれ」
伊城木月のやってきたことを考えれば、俺の判断は甘すぎるのだろう。
とはいえ背景を考えれば情状酌量の余地もないわけじゃないし、償いが必要なら、新世界で果たせばいい。そのあたりの塩梅は、終神に任せよう。
「アリガ、トウ」
目を伏せ、ぺこり、と頭を下げる終神。
だしぬけに、その姿が変化した。
30代半ばくらいだろうか、ややくたびれた雰囲気の男だ。
「いやー、まさかこうなるとはね。オジサン、ビックリしすぎて目玉が飛び出そうだよ」
軽い調子で話しかけてくる。
顔立ちは俺によく似ていた。
未来の伊城木芳人だ。
「《泡》の襲来まで前倒しになるとは思ってなかったけどさー、やっぱ若者はすごいわ、うん」
「俺は、俺にできることをやっただけです。それに、偶然の部分もかなりありますから」
「だとしても、感謝してるんだよ、ホント。…………君がやりなおしの機会を与えてくれたことは、絶対に忘れない。ありがとう」
凛、と。
まるで別人のように引き締まった表情で礼を告げるヨッさん。
「君は、これからどうするんだ?」
「まだ細かいことは考えてませんけど、決着を付けようと思います」
「決着? もう《泡》は倒したのに、いったい何と戦うつもりなんだ――って、ああ、そうか」
納得したかのように頷くヨッさん。
同じ人間だからだろう、多くの言葉は必要なかった。
「頑張れよ、少年」
「そちらも頑張ってください」
「当然だろ。……じゃあな」
「ええ。いつか、また」
俺たちは小さく拳をぶつけあって、別れた。
さて。
じゃあ、始めよう。
ここから先は、完全な蛇足だ。
まったく不必要な最終決戦。
意義も意味もなく、そこにあるのは、ただ、意地だけ。
次元の萌芽を掴み取り、必要な舞台を整える――
* *
そして俺は、夕暮れの校舎に佇んでいた。
神としての力は置いてきた。
今はただの高校生として存在している。
吹奏楽部のホルン。
運動部の掛け声。
妙な郷愁に駆られながら、音楽室に向かう。
ドアを開く。
そこには――
「久しぶりだね、芳人」
伊城木直樹の姿が、あった。




