↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
120/145

第97話 コード・グランドフィナーレ

 無量大数(むりょうだいすう)という単位がある。

 10の68乗。


 ――1兆×1兆×1兆×1兆×1兆×1億。


 と書けば、その途轍もなさが伝わるだろうか。

 漢字文化圏において、無量大数は最大の単位とされている。

 だが世界規模で見渡せば、それ以上のものも存在する。

 

 1グーゴル(googol)。

 10の100乗、1兆どうしを10回掛けてようやく辿りつける単位。

 余談だが、"google"の語源でもある。

 伊城木直樹と伊城木月の総数は、およそ5000グーゴルを越えていた。


 

「……このままじゃ、まずいな」



 芳人は心を決める。

 現状では《泡》に近づくこともできず、直樹と月にジリジリと力を削り取られていくだけ。

 もはや全身全霊の突撃でもって距離を詰め、必殺の一撃を放つしか勝機はない。


「《権能(コード):【虚影(ラストダンス)】;《仮想回帰(バイド)》・《琥珀(インヴェイド)侵蝕(・フェノメノン)》」


 影を装甲(まと)い、立ちはだかる敵を食らいながら、光速を突破して《泡》に向かう。

 肉薄する。

 右手に神威を籠める。


「《権能(コード)・【永劫(カーテンフォール)】――」


 それは誇張でも何でもなく、完全な終焉をもたらす力である。

 たとえ相手が神であろうと復活を赦さず、存在そのものを焼き払う。

《火炎術式》・《我が炎は浄華灼滅の鉄槌である》。

 芳人が神域に至ったことで、この魔法も神格に相応しい進化を遂げていた。


「――《火焔事象(メギドアーク)》・《浄華灼滅(リヴェレイション)》」


 拳が《泡》を貫く。

 火焔が広がり、敵の超巨体を蝕むように消滅させてゆく。

 

「いいや、まだだ」


 芳人は直感していた。


 すでに《泡》は炎に包まれ、身体の半分以上を失っている。

 形勢逆転。

 追撃を続ければ勝利はたやすいだろう。

 だが、どこか相手に乗せられているような――

 そういう気持ち悪さが、付き纏っていた。


 



 * *

 




 

 ……こちらの戦況は思わしくなかった。


「芳人、どうして僕のことを見てくれないんだい?」

「そのくせ、いつも僕の視界をチラついて」

「ひとつになろう、君を愛してるんだ」

「近寄るな、お前なんかに出会わなければよかった」


《泡》の表面がブクブクと揺らぎ、そこから無数の人影が飛び出してくる。

 伊城木直樹。

 1人じゃない。

 視界を埋め尽くすほどの、伊城木直樹。


 さらには、


「お慕いしています、従兄様にいさま」

「どうしてわたくしのことを救ってくれなかったのですか」

「毎日毎晩、義兄あにに貪られて、本当に苦しかったのに」

「それで“正義のヒーロー”などと名乗らないでください」

「でも、愛しています」

「従兄様(にいさま)に愛してもらえるような自分に生まれ変わりたいのです」

「きれいな身体と記憶で、抱いてほしいのです」


 伊城木月、伊城木月、伊城木月――。

 同じ顔がいくつもいくつも、並んでいる。






 あれ?

 ちょっと待て。

 なんだ、この既視感は。

 さっきも同じことを考えたような気がする。


 ――頭のすみっこに、鈍痛が走る。


 何かを忘れているんじゃないか、俺は。

 おかしいぞ。

 

 ――痛みが強くなってきた。


 頭が割れそうだ。

 手元が鈍る。

 攻撃を食らうことが多くなってきた。


 このままじゃ、まずい。

 ジリジリと力を削り取られていくばかりだ。

 一か八か、賭けに出るしかない。


「《権能(コード):【虚影(ラストダンス)】;《仮想回帰(バイド)》・《琥珀(インヴェイド)侵蝕(・フェノメノン)》」

 

 影を鎧のように纏い、立ちはだかる敵を食らいながら、光速を突破して《泡》に向かう。

 肉薄する。

 右手に神威を籠める。


「《権能(コード)・【永劫(カーテンフォール)】――」


 それは完全なる終焉をもたらす力。

《火炎術式》・《我が炎は浄華灼滅の鉄槌である》。

 俺が神域に至ったことで、この魔法も神格に相応しい進化を遂げていた。

 たとえ相手が神であろうと復活を赦さず、存在そのものを焼き払う。


「――《火焔事象(メギドアーク)》・《浄華灼滅(リヴェレイション)》」

 

 拳が《泡》を貫く。

 火焔が広がり、敵の超巨体を蝕むように消滅させるが、

 

「ッ!?」


 瞬間、記憶がはじけた。


 ――俺はもう、何(・)度(・)も(・)同(・)じ(・)こ(・)と(・)を(・)繰(・)り(・)返(・)し(・)て(・)い(・)る(・)。


 そのことに気付く。

 気付いてしまう。

 おそらく《泡》は【時間】の権能を持っている。

 格としては俺以上。

 だからなかなか思い出せなかった。

 今回が187兆8218億7823万7564回目。

 すべての記憶が一斉によみがえり――


「う、あ……ッ…………!?」


 混乱。

 精神に隙が生まれる。

 そのタイミングで《泡》が精神干渉を仕掛けてきた。


「……――ッ、ァ……ぇ、ァ――ッ!」


 まるで脳をミキサーで掻き混ぜられるような気持ち悪さ。

 嘔吐感、浮遊感、眩暈――。

 ふとすると砕け散りそうな意識をなんとか繋ぎ止め、俺は思考を走らせる。


「《泡》の狙いは、これ、か……?」


 土壇場でリセットに気付かせ、その動揺を狙っての精神干渉。

 成功すれば《泡》の勝ち、失敗してもやり直せる。


 ……なんとか精神干渉を跳ね除けた時には、もう、《泡》の周りで時空が歪み始めていた。


 リセットが始まる。

 まずい。

 ループのたび、記憶が蘇った際のショックは大きくなっている。

 次は精神干渉に対応できるかどうか。

 十中八九、押し切られてしまうだろう。

 だから、今回でケリをつける以外に選択肢はなく、


「権能(コード):【時間(カーテンコール)】!」


 必死の抵抗を試みた。

 巻き戻しなどさせるものかと、総身に神威を滾らせた。

 しかし、


「くっ……!」


 抗い、切れないッ……!

 まるで津波のように、時空の揺らぎが俺を吞み込もうとする。

 リセットの、寸前。


「――シャボン玉の分際で、私の所有物に手を出すか。いい度胸だな」

「――兄さんは、やらせない!」


 ほんのわずかだが、津波の勢いが遅くなった。


「芳人さま、こちらへ!」


 暖かな感触が俺を包み、はるか遠く、《泡》の射程距離外へと連れ出す。

 それを為したのはよく見知った顔で――


「どうして、ここに」

「芳人さまのことが、心配だったんです」


 相鳥静玖。

 ここにいるはずのない人間。

 いいや。

 人間じゃない。

 眷族――。

 俺という神格に連なる存在。

 そういうモノであると、理解できた。


「わたしは、あなたの静玖です。愛しているなら置いていかないでください。一緒に戦いたいんです。芳人さまを守るためなら、どれだけでも、強くなれる気がしますから」


 澄んだ瞳。

 まるで黒曜石のような輝きが俺を射貫く。

 

「まったく、おまえは女を不安にさせることばかりが上手なのだな」

「兄さん、なんでも一人で解決しようとするクセ、やめた方がいいよ」


 ……ん?

 よく似た声色の、けれど、トーンの異なる2つの響き。

 振り返れば、ふたりの少女が俺を見上げている。


 髪は青く、顔立ちはまったくの瓜二つ。

 ただし片方は勝気そうな印象で、もう片方は目を細めて腕を組み、王者のような風格を漂わせていた。


「未亜、それから、ミーア……?」


 ふたりは同一人物のはずだ。

 にもかかわらず、別々の姿として存在していた。


「驚かせちゃったかな、兄さん」

「魂を分けられていた副作用だろうな。どうやら双子の神格として成立してしまったらしい」


 クク、と愉快そうに笑うミーア。


「いずれにせよ些細なことだ。よかったなヨシト、こういう状況を姉妹丼というのだろう?」

「ミ、ミーア、それはちょっと……」


 かあっ、と顔を赤くして俯く未亜。

 なんとも初心な様子が可愛らしい。


「はいはい、イチャイチャするのは後回しにしてくれない?」

「芳人様、親子丼の用意もありますのでお忘れなく」


 さらに、フィリスと水華さんも現れる。

 フィリスはいつもどおりの銀色ドレスだったが、水華さんのほうは、なぜか、メイド服。


「神というのは便利なものですね。服装も思い通りですし」


 と言いながら、スカートの裾を持ち上げていく。

 黒いストッキングは太腿の半ばで終わり、ガーターが腰の方へと続いている。

 それが妙に艶めかしい。

 下着が見えるかどうかの瀬戸際で、水華さんの手は止まった。


「いかがでしょう、お気に召しましたか……?」

「最高です」


 状況さえ許すなら、たぶん、速攻で押し倒していたと思う。

 

「芳人くん、ちゃんと理性を保たなきゃだめだよ」


 窘(たしな)めるように声をかけてきたのは、小夜(さや)ねえ、もといアルカパ様。

 天女じみた薄い服装で、胸もなかなかのサイズ。

 正直、アルカパ様がいちばん理性に悪い気がする。


「視姦している場合ではないぞ、ヨシト」


 ミーアに肘で小突かれ、我に返る。

 まだ戦闘は続いているのだ。

 男子中学生みたいに盛るのは後にすべきだ

 

 戦況を確認しよう。


《泡》は自分の時間を巻き戻したのだろう、《浄華灼滅》で焼かれた部分も元通りになっていた。

 彼我の距離はおよそ五千億光年。

 その間をびっしりと、伊城木直樹と伊城木月が埋めている。

 どうやらさらに数を増やしたらしく、1万グーゴルをゆうに越えていた。


 対してこちらはというと、俺、未亜、ミーア、静玖、フィリス、水華、アルカパ……んん?

 なんだかちょっと足りない気がする。

 そう思った矢先、


「ふふん、やっと気づきましたか。この真ヒロイン、むしろ神ヒロインの不在に」


 残る2人のうち、片方の声がした。

 姿は見えない。

 けれど彼女のことだから、とんでもないことをやろうとしているのだろう。


「11年前、2016年の流行語大賞は『神ってる』でしたが、おそらくあれは私の存在を予言していたのでしょう。選考委員たちはまさに現代のダビデ、シビラ、ノストラダムス。私は恐怖の大王として199X年((かっこ)ただしX=9とする)(かっことじる)に世界を核の炎で包み、モヒカンがヒャッハーするユートピアを作るのです。えっ、今は2027年? 多少の遅刻は許してくださいよ。どうせマヤとかアステカあたりの文献をこねくり回せば、人類が滅びるなんて与太話、毎年のようにでっち上げれるでしょう。私もあの手の本でボロ儲けしたいです。というわけで――」


 その時。

 ほんとうに、予想外の事が起こった。

《泡》の巨体が大きく震えたかと思うと、その半身を引き千切りながら、玲於奈が姿を現したのだ。


「『〇ード・オブ・ザ・リング ~神薙玲於奈の帰還~』。全米が泣いた名作、ただし世界に先駆け日本で初公開。売り文句の矛盾には気を付けましょう」

 

 いつもどおりの軽口を叩きながら、五千億光年を一気に駆け抜ける。

 その余波で時空が崩壊をきたし、直樹と月のおよそ3分の1が消滅した。


「ただいまです、芳くん」

「……何が、どうなってるんだ?」

「そう難しい話ではありません。私は、伊城木月の娘ですので」


 月は《泡》と深く繋がっていた。

 玲於奈もまた、その特徴を引き継いでいるのかもしれない。


「《泡》の眷族を装って、ミッションインポッシブルでスパイ大作戦な潜入工作。美少女スパイ玲於奈ちゃん大活躍、ってなわけです。あ、ディレクターズカット版では敵に捕まって大ピンチ、なシーンが入りますし、芳くんも出演よろしくお願いします」

「これが終わったらな」


 短く答え、俺は神威を練り上げる。

 せっかく《泡》に痛打を与えて、直樹や月の数も減ったんだ。

 相手が態勢を立て直す前に、勝負を決めたい。


 ん?

 いま気付いたが、直樹や月の増殖が止まっている、ような。

 

「それも神となった玲於奈ちゃん、公式名称アルティメット玲於奈ちゃんのおかげですよ」


 自慢げに胸を張る、 アルティメット玲於奈ちゃん (自称) 。


「こっちに来るついでに、あの2人の“存在の核”というべきものを強奪してきました。《泡》もこれ以上コピーを増やすことはできないでしょう。褒美として今後いっさいの家事免除を約束してくれると幸いです」

「ダメだよ、玲於奈ちゃん。あとで教えてあげるから、一緒に頑張ろうね」

「いえ、こればかりは静ぽんの言葉であっても聞けません」

「玲於奈ちゃん」

「えっと……なんだか静ぽんの目がコワいのですが…………」

「一緒に、頑張ろう、ね?」

「……はい」


 おお。

 ついに静玖が玲於奈を押し切った。

 


 それにしても。

 俺はつくづく恵まれてるな。

 まさか皆が追いかけてくるとは思わなかった。


「おまえを一人にはしない。そう言っただろう?」


 ミーアがふっと口元を緩める。


「あたしたちだって、守られてばっかりじゃないんだから」


 少し誇らしげに、未亜が呟く。

 

「……ありがとう」


 胸が暖かい。 

 きっとこれが、絆というべきものなんだろう。


『私もいるよ、忘れないでね』


 この気配は、綾乃か?

 一体どこにいるんだ?


『芳人くんの中だよ。――少し、力を貸してほしいな』


 何をすればいい?


『思い浮かべて。芳人くんがこれまで触れ合ってきた人たちのことを。 

 それを縁(よすがに)に、もう一度、みんなを創造(うみ)なおすから』


 
















 俺がいままで取り零してきたすべての命。

 そのひとつひとつを、イメージする。

 心に刻むように思い浮かべ、形を与える。


 神として、新生させる。



 





 それは、終神(未来の俺)が持ち得なかった力。

 己がひとりではないと確信できたがゆえの、奇跡。


 名を与えるならば、そう。





 権能(コード):【絆(グランド・フィナーレ)】

 《確定事象》・《勝利》










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。