第96話 少女たちの決断
※少女ではない方も混じっていました。偽装表示につき謹んでお詫び申し上げます。
※長くなったので分割
「覚悟以前の問題だ」
と、ミーアは言ってのけた。
「あれは私のものだ。勝手に手元から離れるならば、首根っこを摑まえに行くのは当然だろう」
「おー、ミアミアが女王様モードというか、魔王様モードしてますねー」
茶化すように玲於奈が口を挟む。
「わー、きゃー、かっこいー、抱いてー」
「いいだろう、いつでも寝所に来い。抱いてやる。貴様はヨシトの恋人なのだろう? ならば私にとっては等しく愛すべきものだ」
「やだ、男前。ちょっとキュンと来ました」
「それが魔王の器というものだ」
彼女の言葉に応えるように、左手の甲で薔薇の刻印が薄く輝いた。
「して玲於奈、そちらはどうだ。元の生活には戻れんらしいが、それでもヨシトの元に向かう覚悟はあるか?」
「愚問です。そもそも私の辞書に『生活』という言葉があると思いますか? 掃除・洗濯・炊事、全部できません。……だから最初の計画では、芳くんの正妻に静ぽんを据えて、ついでに家事もやってもらって、私は食っちゃ寝のお気楽愛人生活を送るつもりでした」
「安心しろ、私もそのあたりは壊滅的だ。調理中の事故で魔王城を半壊させたこともある」
「これがホントの壊滅的……というのはさておき、なんとなーくですけど、芳くん、わりと追い詰められてる気がするんですよね。実際どうでしょう、アルるん?」
「……そう、だね」
小さく頷くアルカパ。
ただ、その視線はずっと手元に向けられている。
フィリスに用意させた、黒獣を喚ぶための装置。
芳人が自力でこちらに帰還した以上、それは無用の長物と化した……わけではない。
内部の大きなシリンダーには黒い球体が収められている。
《無貌の泥》。
そのほとんどは芳人に取り込まれてしまったが、一部は予備として残っていたのだ。
アルカパが《泥》に向かって神気を送ると、紅色の光があたりを包んだ。
「いったい何をしてるんです?」
「芳人くんと《泥》のあいだに因果を結んでるの。この《泥》を身体に入れれば、眷族神としての資格は満たせるし、次元のはざまにだって行けるはずだよ」
「けれど失敗することもある、と。……まあ、何とかなるでしょう」
玲於奈はシリンダーを掴むと、宙に放り投げた。
刀を抜き、一閃、二閃、三閃――。
ガラス製の外装が寸断される。
ただ、器用にも《泥》だけは無傷のままであり、
「さすが私、ナイスキャッチです」
まるで最初から定められていたとおりに、玲於奈の左手に収まる。
「もぐもぐ」
食べた。
まるでおにぎりのように、ぱくり、とかぶりついた。
「えっ……?」
さすがのアルカパもこれには驚いた。
《泥》を取り込む必要があるとはいえ、あまりにも直接的すぎる。
「なんだかチョコレートみたいな味わいですね。あ、ミアミアもどうぞ」
「いただこう」
アルカパが止める間もなく、ミーアも《泥》を口にした。
「少し苦いな。カカオのような酸味もある」
「……わたしも、貰っていいですか」
やや遠慮がちな様子で近づいてきたのは、静玖である。
「いやー、それはちょっと……」
珍しく玲於奈が渋る。
「静ぽんには私たちの戻ってくる場所を守ってもらいたいというか、その、私やミアミアはまともな人間じゃないですし? 半分くらい神様だったり魔王だったりしますし? でも静ぽんは人間じゃないですか、だから――」
「玲於奈ちゃんは優しいね」
微笑みかける静玖。
「心配してくれるのは嬉しいけど、正直、玲於奈ちゃんのほうが心配だよ。芳人さまと同じで、あんまり何も考えずに動いちゃうタイプだし」
「な、な、何を言うのですかまったく。私の行動はすべてめんみつなけいさんにもとづいてイマスヨー? というかミアミア、《泥》の死守をお願いします。絶対に静ぽんに渡さないように……」
「断る」
ばっさりと一言で切り捨てると、ミーアは《泥》を静玖に渡す。
「私は気概あるものを無碍には扱わん。相鳥静玖、お前の意志を寿ごう」
「ありがとうございます、未亜様」
一礼する静玖。
それから《泥》を、まるで芳人にそうするかのように優しく撫で、口を付け、歯を立てた。
「……妙な色気を感じる件について」
「奇遇だな、私もだ」
玲於奈とミーアのコメントはさておき、こうして静玖も眷属神の資格を得た。
彼女だけではない。
「……ここでヨシトが負けたら、あのクローンくんの頑張りも無駄になってしまうものね」
「義娘が頑張っているのに、母親が何もしないわけにはいきません」
フィリス、そして水華。
さらに。
(まだ、私はからっぽだけど)
ミーアの内側にいる彼女。
真月綾乃。
(このまま眺めているなんて、耐えられない)
未亜、静玖、玲於奈、真姫奈、フィリス、アルカパ、水華、朝輝、和己――。
彼女らの奮闘が、綾乃の心を大きく揺り動かしていた。
(私は、皆の力になりたい)
強く強く、そう願う。
彼女はもっとも旧き邪神である。
とはいえ初めから悪しき存在だったわけではない。
世界の起源。
生命の誕生。
そういったものに深く関わっていた。
幾星霜を経るうちに邪神へと零落したが――
今。
ゆっくりと。
願う心をよすがにして、本来の神格を取り戻しつつあった。




