第89話 死力
59.5話で名前だけ出てたヒロインもちょこっと登場。
「ァ………………」
仰け反り、膝から頽れる黒獣。
くたりと倒れ伏した。
立ち上がってくる気配は、ない。
俺の、勝ちだ。
「危ないところだった、な……」
胸に大穴を開けられた時は、そのまま意識を失くしてしまいそうだった。
正直、こっちも限界が近い。
不意に仰向けで倒れそうになり――誰かにそっと受け止められる。
「どうして貴方は、いつもいつも、こんなに無茶を……」
背後から聞こえたのは、アリシアの声。
暖かなため息が腰のあたりをくすぐる。
ちょっと待て。
腰ってのは、ちょっとおかしくないか?
俺はいま五歳児の姿で、アリシアの方が背丈はずっと上のはずなのに。
「……あれ?」
ここに至って、俺はようやく自分の変化に気付く。
腕が長い。足も長い。
目線の位置も高いし、腹筋も昔みたいに割れている。
だが、無意識のうちに前世の格好へ戻ってしまった……というわけではなさそうだ。
肌はいわゆる日本人的な“はだいろ”から彫像のような白色に変わり、髪は長々と伸びて黄金色に染まっている。
全体のカラーリングとしては黒獣の対極ともいえる。
ヤツを凌駕すべく力を高めていった結果、副作用として姿形が変化したのだろうか。
――などと考えているうちに、ゆっくり地面へと横たえられた。
「大丈夫ですか、ヨシト」
「もちろんだ。ピンピンしてる」
「嘘ばかり。……まったく、どうしようもない男ですね、貴方は」
「ああ、俺はどうしようもないヤツなんだ。だから、アリシアがいてくれないと、困る」
「本当に、嘘ばっかり」
クスリと笑うアリシア。
「今までずっと私の存在に気付いてなかったのに、よくそんなことが言えますね」
「うっ……」
「でも、まあ、これで許してあげます」
短く、ついばむようなキス。
俺は彼女を抱きしめようとして――けれど、するり、と逃げられてしまう。
「それはおあずけですよ、ヨシト。まだ大仕事が残っているでしょう?」
「大仕事、だって?」
「貴方を見守っているのは、私だけでありません。……他の子たちへの釈明、頑張ってくださいね?」
アリシアは小悪魔じみた表情を浮かべると、すっ、と姿を消してしまう。
入れ替わるようにして、たくさんの気配が俺を取り囲む。
つい先程の光景が頭をよぎる。
黒獣のまわりには、たくさんの魂が寄り添っていた。
もしかして俺も同じなのだろうか。
師匠、フィリシエラ、シオン――救うことのできなかった彼女たち。
俺が分かっていなかっただけで、みんな、ずっと近くにいたのだろうか。
もう一度、会えるとしたら。
こんなに嬉しいことはない。
* *
と、いい感じで話を終わらせたかったんだが、世の中なかなかうまくいかない。
吊し上げられました。
ボコボコにされました。
いくら神域の力を手にしても、勝てないモノってあるんですね……。
以下、そこそこ平和なコメントを抜粋したのでご覧ください。
『あたしはもう死んじまったからいいけどさ、おまえ何人にちょっかいかけてんだよ。50人越えてるだろコレ?』(享年22歳・師匠)
『……去勢』(享年10歳・死霊遣い)
『控え目に言って最低です。女の敵は隔離すべきでしょう。責任を持って私が引き受けますので皆様はお引き取りを』(享年20歳・メイド)
『そこの駄メイド、わたしのヨシを独占しないでくれる?』(享年不明・元魔王軍四魔将)
『ヨッシー、なんか大変だね。大丈夫? おっぱい揉む?』(享年18歳・元同級生)
『ひゃわっ!? な、なんでわたしが脱がされてるんですかぁっ!?』(享年20歳・シスター)
『澄香は平たい胸族じゃからな……せっかくだから妾もひと揉みさせてもらおうかの』(享年1456歳・古代竜)
『姉さん、百合事件です』(享年1歳・機巧人形)
『これも人間を知るための勉強です。よく見ておきましょう』(享年1歳・機巧人形)
『いや、助けてやれよ……』(享年16歳・元盗賊)
『とりあえず全部ヨシトが悪い。死刑』(享年17歳・賭博師、その正体はボロルル砦の退き口で芳人が助けたネズミ)
『異議なし』(全員)
* *
なんとか生き残ったぞ……。
ひとしきり俺を弄ぶと、彼女たちは満足げに姿を消した。
別にいなくなったわけじゃない。
今も存在を近くに感じる。
守護霊みたいなものなんだろう。
黒獣は、まだ、眠っていた。
「ゥゥ……ゴメンナサイ…………ウワキジャナインデス…………ゼンブホンキナンデス……………………」
ひどい寝言もあったもんだな、おい。
もしかすると夢の中で公開処刑を食らっているのかもしれない。
俺以上に長い時間を生きているわけだし、きっと女性関係は拗れに拗れて複雑骨折どころか粉砕骨折していることだろう。頑張れ。
ちょっとした仲間意識とともにエールを送り、俺は立ち上がる。
黒獣を倒したおかげで身体のコントロール権はこちらに戻っていた。
深呼吸し、“意識の在り処”を移す。
内面から、外面へ。
視界が切り替わる。
そこは異様な空間だった。
いや、時空間と言ったほうが正しいだろうか。
次元が捻れて歪に繋がっている。
なかなか表現しにくい状況だ。
まず、遊園地のアトラクション――『鏡の迷宮』をイメージしてほしい。
あれは縦横だけの二次元的な迷路だが、ここでは上下にも通路が伸びている。
しかも絶え間なく全体が回転していて、いきなり数十秒前の位置にワープさせられたりもするから、位置感覚も方向感覚もあったものじゃない。
どうして俺はこんなところにいるのやら。
黒獣の記憶にアクセスする。
ああ、なるほど。
どうやら黒獣は未亜たちのピンチを知り、慌てて駆け付けようとしたらしい。
しかしながら何者かの策略に嵌り、四次元構造の檻に閉じ込められてしまった。
困り果てた矢先、内部で俺との衝突が始まり……今に至る、と。
「《権能:【時間】》――」
黒獣でも突破できなかった異次元迷宮。
ただの人間ならば翻弄されるだけだろうが、今の俺にとっては障害にもならない。
「――《仮想終焉》・《時空崩解》」
宇宙の最後について、こんな仮説を聞いたことがあるだろうか。
我々の住む世界は常に膨張しているが、それにつれて星々は互いに遠ざかる。
すると引力が弱まって銀河は今のかたちを保てなくなる。
状況がさらに進行すると、極点においては原子・分子の結び付きさえも消え去り、文字通り“すべて”がバラバラになる。時間も、空間も。
物理学では『ビッグリップ』と呼ばれるこの現象を、俺は局所的に引き起せる。
周囲の時空間を強制的かつ急激に膨張させ、触れるものをすべて解き崩す。
わざわざ迷路遊びに付き合う義理はない。
ただ一直線に進むだけだ。
檻の作者はかなりの性悪らしく、未亜たちの声がここまで届くようになっていた。
悲鳴は聞こえているのに、いつまでも迷路を出られない。
そんな状況に黒獣を追い込むつもりだったのだろう。
けれど、今はまったくの逆効果。
声のおかげで、自分がどこに向かうべきかはっきりと分かった。
「伊城木直樹も、真姫奈姉さんも――芳くんを縛る過去の亡霊は、私がすべて道連れにしましょう。何者にも囚われることのない未来を捧げます、どうか幸福であってください」
玲於奈、おまえ本当はそんなキャラだったのか。
奔放さの裏にいろいろ秘めていたのだとしたら、それを知りたい。
いろんな玲於奈が見たい。
だから早まるな。もうすぐそっちに行くから。
「私は、無力です。いつも芳人様や玲於奈ちゃんに守られてばかり」
違う。
静玖は強い。
【夜よ来たれ】の補助がなくたって、ポテンシャルは十二分にあるんだ。
それに、俺が黒獣に乗っ取られた時、一度、声を掛けてくれただろ。
「ご主人様?」って。
正体不明のバケモノが目の前にいるのに、逃げもせずに、むしろ手まで差し伸べてくれた。
戦闘力とかそういう次元じゃなく、静玖は強いよ。
「もう一度だけ芳人に会いたい。私のことを赦してほしい」
どっちやねん。
真姫奈はわりと性根がヘタレなので、きっと赦しを求めているのだろう。
それを決める権利が俺にあるとは思えないんだが……黒獣が起きたら聞いてみよう。
「この劣勢なら黒獣が来てくれる可能性もあるけど、そういう神頼みはしたくないわ。彼には人間として生きてほしいもの」
フィリスさんから大人の余裕を感じる……。
適度な距離感が心地いい。
「どうして? どうして朝輝さんが死なないといけないの……?」
悲嘆に暮れるアルカパ――小夜ねえは、まるで幼い少女のよう。
その涙を拭いたいと、強く思った。
「狼ごときが猫に勝てるわけがないでしょう。私は娘と一緒に芳人様と……ふふふ、うふふふふ…………」
水華さん、なんかピンク方向に進化してませんか。
でも親子メイド服ってエロいと思う。
いやいや待て待て。
あんたら親子じゃないだろ!
そして、
「兄さんには、頼らない」
未亜。
「いざとなったら“勇者さま”が助けてくれる――心のどこかでずっとそう思ってた。けれど、甘えるのはもう終わり。自分の道は自分で拓く。綾乃、手を貸して」
決意を込めた宣誓。
その力強い響きは、前世の姿――ミーア・グランズフィールドを彷彿とさせるものだった。
素直に、格好いいと思う。
彼女と並んで戦うことを考えるだけで、胸が熱くなる。
綾乃の声がまったく聞こえないのが心配だが、とにかく向こうに着いてからだ。
迷路を突き破る。
障害物は時空間ごと消滅させて、先へ、先へ、もっと先へ!
やがて最外部に辿り着き、
「……ちぃっ!」
そこで、足止めを食らった。
壁はやたらと分厚く、10光年ほど進んでも終わりが見えない。
未亜たちの元に着くのはいつになるのか。
焦りにギリ、と歯噛みすると、
『……ったく、情けねえ』
俺とまったく同じ口調で、同じ声色が響いてくる。
『ま、オレも大概だがな。この前は2匹しかクローンを引き付けてやれなかったしよ』
もしかして、013か?
お前は直樹にやられたはずじゃ……?
『ああ、死んださ。魂もカケラしか残っちゃいねえ。……だからこそ、だ。どうせ人生終わっちまうなら、最後にパーッと打ち上げ花火だ。エンディングでは「無茶しやがって……」とか言ってくれよ?』
壁の中に、奇妙な気配を感じた。
次元と次元の“スキマ”が抉じ開けられつつある。
SF的な言い方をするなら、ワームホールというやつだろうか。
『クローンとはいえ、オレもオマエだからな。本気を出しゃあ、このくらいは朝飯前だ。……実のところ、朝輝のオッサンに手伝ってもらってるんだけどな』
『……自分を若いとは思っていないが、その呼び方は少々辛いものがある』
苦笑する朝輝。
『いまや私も魂魄だけの存在だ。それすらも崩壊しかけているが、ならばこそ死力を尽くせるというもの。君をそこから出してみせる。どうかアルカパを――姪を護ってくれ』
2人の存在が、急激に薄れていく。
俺は、やめろ、と叫んだ。
今ならまだ間に合う、蘇生はギリギリ可能なんだ。
『オレらのことはいい。それよりもフィリスさんを頼む。フられたけど、やっぱ忘れられねえわ』
ほどなくして“次元のトンネル”というべきものが形成される。
俺はそれに吸い込まれ、一瞬にして檻の外へとワープしていた。
――あとは頼んだぜ、ヒーロー。ごっこ遊びじゃなくて、ホンモノになってくれ。
――君に関われたことを光栄に思う。さらばだ。
それが2人の遺言。
背中を、とん、と押されたような気がした。
さあ、行こう。
帰還カウント 0
復活カウント 0




