第86話 鴉城朝輝は人間でしかない。
今回、ちょっとグロ注意。
久しぶりに鷹栖文鷹の登場。彼の背景については「」から想像できるかなと思いますが、ほぼカタカナ文で読み辛いですし、スルーしてもまったく問題はありません。
静玖、玲於奈、真姫奈――。
追い詰められていたのは彼女らだけでは、ない。
「あぁ……うぅッ……」
アルカパ――人間としての名は小夜、鴉城深夜の娘である――は、羽衣も上着も食い破られ、眩しいまでの白い肌を露わにしていた。
それを愛撫するように這い回るのは、土黄色の百足。
アルカパの細身に絡みつきながら、細かな足をゾワゾワと蠢かせる。
その数は、2匹、3匹、4匹……否、1匹。
1匹の百足が、頭側・尾側でいくつにも枝分かれしている。
それぞれが異なる意思を持つのだろうか、動きはまったく統率されていない。
ときおり分岐部がブチと裂けては再生し、そのたびに腐臭の漂う体液を滴らせていた。
「やッ……」
百足が牙を立てる。
左足の付け根。
赤いしずくが太腿の上を滑るように落ちていく。
アルカパとて神族の一柱、並大抵の魔物ならば指先ひとつで方が付く。
しかしながら百足の拘束を逃れることができず、肢体を蹂躙されていた。
無理もあるまい。
この“百首百尾百足”は、未来において《泡》が生み出した生物兵器である。
性能としては対神族に特化しており、相手の神性を封じ込め、少しずつ消滅へと追い込んでゆく。
「イイナガメ!ゼッケイ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!死ニタイッテブログニ書イタライママデニナク沢山イイネ!ヲ貰ッタケドコレッテ死ネッテコトカナイイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イツカジ殺実キョウシテヤルイイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!イイネ!」
さらに、もう一体。
あまりに異様な存在が、すぐそばでクネリクネリと踊っていた。
それは定型を持った不定形である。
ある1秒間は緑色のスライムだった。
次の3秒間は、全身にブツブツと穴が開き、そのひとつひとつに赤子の顔が埋まった男。
さらに0.5秒ほどは人間大のテルテル坊主で、0.001秒だけ鷹に変わると、そこから30秒間は厚みのない縦横だけの存在となった。形状としては“┌(┌^o^)┐”が近いか。
「ミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャン深ヤチャンミヤチャンミヤチャンドウシテイナクナッタンダヨ小サイコロカラズット好キダッタノニミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンアサ輝白ヤノシスコンキョウ弟二リハナニヲシテイタンダドウシテミヤチャンガ行エ不イニナッタンダヨミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャン鴉ジロケナンテホロボシテヤル君サエイレバナニモイラナカッタノニミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャンミヤチャン」
名状しがたいもの、とはこのような存在を指すのだろう。
これははじめからこうだったわけではない。
かつて彼は鷹栖文鷹と呼ばれていた。
鷹栖家の長男であり、相鳥静玖の誘拐を企てた者のひとり。
彼は黒獣の襲撃によって退魔師としての素養を失った後、伊城木月に拉致された。
他の者らは狼男へと変えられたが、しかし、文鷹だけは別だった。
「生キルノガ辛イ月ヨウビガ怖イSNSハ見栄ノハリアイバッカリカップル爆発シロ人ゲンナンテイツ裏切ルカワカラナイ鷹栖派ナンテイッテテモ目先ノ利エキニツラレタバ鹿バッカリ本物ノ仲マナンテ誰モイナイコノ世ハ総ジテ薄ッペライ鴉ジロモ鷹スモミンナ滅ビテシマエ相トリ静クニ手ヲダセバキット真月ケガ動クゾジン祇局モオ終イダザマア!ザマア!ザマア!ザマア!ザマア!退魔シナンテヤリタクナカッタ当主ニナンテナリタクナカッタ普ツウノ人ゲントシテ暮ラシタカッタケレド深夜チャント近ヅキタイカライロイロ頑バッテキタノニ行エフ明ッテナンダヨ畜生シニタイシニタイシニタイシニタイシニタイ我ハメシア明スコノセ界ヲ粛セイスルシニタイシニタイシニタイシニタイコロシテヤルミンナ滅ビロドウセホロビルノナラセイゼイ華麗ニ滅ベバヨイノダ」
魂を改竄され、“《泡》の亜種”と呼ぶべきモノに成り果てた。
鷹栖文鷹はもはやこの次元の存在ではない。
声は老若男女の混じり合ったノイズであり、その振動は物理法則を発狂させる。
炎が渦巻き、その中で草木が爆笑しながら凍りついた。
地響きとともに虚空が裂け、局所的に硝酸の雨が降り注ぐ。
それは『攻撃』ではない。
文鷹はもはや精神活動というものを喪失している。
敵意も戦意も持たず、ただ何となく、ヒトだったころの記憶を反芻しているだけ。
結果としてたまたま「攻撃じみた現象」が発生しているのだ。
彼が手足をくねらせるたび、冷熱入り混じった嵐が吹き荒れる。
その逆風に抗いつつ、ひとりの男が進んでいた。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・烈・在・前、我を守護せよ神仏祖霊……ッ!」
鴉城朝輝。
彼にとって鷹栖文鷹は良きライバルのひとりだった。
派閥抗争が激化してからは言葉を交わすこともなくなってしまったが、しかし、昔日の友誼を忘れたことはない。
ゆえにこそ、
「今の貴様は、とても見ていられんのだ」
元に戻してやりたい。
それが叶わぬならば、せめて、己が手で引導を。
朝輝はありったけの霊力で全身を強化すると、一歩一歩、文鷹へと近づいていく。
「逃げ、て。キミじゃ、無理、だよっ……!」
百足に首を絞められながら、悲鳴をあげるようにアルカパが叫ぶ。
「わたしは、まだ、大丈夫だから、どこかに、隠れ、て……っ!」
「断る」
すでに朝輝は満身創痍である。
傷を受けていない場所はなく、流れる血のせいで衣服と皮膚の境もはっきりしない。
限界以上に霊力を行使しているためか、黒かったはずの髪は灰白色に染まっていた。
鴉城朝輝の実力は、日本において五指に入る……ものの、所詮、ヒトの範疇からは一歩も出ていない。
時間を巻き戻せるわけでも、影の中に異世界を構築できるわけでもない。
他方、鷹栖文鷹は《泡》に極めて近い存在になっており、この次元の概念に当てはめるなら神域に相当する。
両者のレベルは絶望的なまでに開いていた。
本来ならむしろ、朝輝はとっくに命を落としているはずなのだ。
しかし、まだ、生きている。
文鷹への距離を縮めていく。
「もういいから!」
アルカパの声はもはや嗚咽交じりのものになっていた。
「もうすぐヨシトくんが来るから! 全部何とかしてくれるから! このままじゃ無駄死にに――」
「無駄死になどでは、ない」
胸に衝撃波を受けてしまった。
肺腑が敗れたのだろう、喉元まで血液がせり上がってくる。
噎せ込んで、飲み込んで、言葉を続ける。
「ここで尻尾を巻けば、一生、後悔する」
文鷹を張り倒し、アルカパを助ける。
助けたいのだ。
どうしてそう思うのか、朝輝自身も理解できない。
アルカパが姉に似ているせいだろうか。
「グ、ァァッ……」
左腕が千切れた。
地面に落ちた瞬間、乱れた物理法則に囚われ、金の延べ棒へと変貌する。
それでも朝輝は歩みを止めず、ただ、意志力だけを頼りに前へ、前へ。
ついに、文鷹のそばに辿り着く。
朝輝は拳を握り、渾身の一撃を放とうとして、
「タスケテ朝テルサンタスケテアササンタスケテアサ輝サンタスケテアサテルサンタスケテアサテルサン助ケテアサテルサンアサテルサンアサテルサンアサテルサンアサテルサンアサテルサンアサテルサンアサテルサンアサテルサン」
偶然か必然か。
文鷹が、本来の姿へと戻った。
「ッ!?」
朝輝の動きが、ごく僅かだが、鈍る。
それが命運を分けた。
次の瞬間、文鷹はヒモ状の異形と化し――朝輝の心臓を貫いていた。
ただ。
「まだ、だ……!」
絶命する寸前まで、朝輝は、諦めていなかった。
踏み込んで、文鷹だったものを殴りつける。
手応えは、風船のように軽く、卵のように脆かった。
バリィン、と。
文鷹の身体が、粉々に砕ける。
朝輝は右手を伸ばす。
アルカパの身体に絡みつく百頭百尾百足を引き剥がし、引き千切り、引き摺り潰し――不意に、倒れ込んだ。
無理、無茶、無謀。
ここまでの代償だろうか、朝輝の魂魄はもはや手の施しようのないレベルで崩壊している。
アルカパの力であっても蘇生は不可能だろう。
それでも彼は満足していた。
閉じた瞼の裏に浮かぶのは、懐かしい、姉の微笑み。
ここで鴉城朝輝の生は終わる。
* *
女神の慟哭が響いた。
* *
「……減点ですわ」
興醒めしたかのように月は呟く。
「愛は叶わないから美しいのに、叶ってしまっては陳腐でしょう。ああ、つまらない」
* *
同刻。
「――《火炎術式》・《我が火炎は浄華灼滅の鉄槌である》」
伊城木直樹の拳が焔に包まれる。
それは完全なる一撃必殺。
《時間術式》であっても覆せない、絶対的な死。
ここまでの直樹は、少しばかり手を抜いていた。
玲於奈が自己再生できる程度の攻撃を繰り返し、油断を誘う。
すべてはこの時のために。
普段の玲於奈ならば直感的にすべてを見抜いていただろう。
だが不幸にして彼女は自暴自棄に陥っていた。
加えて。
1年前に芳人の《浄華灼滅》を受けた際、玲於奈は再生を果たしている。
これは“親”たる月が一回限りの対策を施していたからだが、もちろん本人は知る由もない。
そうした諸々の因果が絡み合い、ここに策が成立する。
「燃え尽きろ、塵芥」
火焔の華が爆ぜる。
日本刀が落ち、地面に突き刺さった。
「なっ…………!?」
戸惑いの声をあげたのは、直樹。
彼の拳は直撃していた。
だがその相手は、玲於奈ではない。
「……前に助けてもらったからな」
YST―ε013。
斎王和己。
八矢房芳人のクローン。
彼は10日ほど前、009ならびに010との戦いで玲於奈に命を救われている。
さきほどまで和己は鳩羽兵衛とともに狼男と共に戦っていたが、頂上での異変を察知して駆け付け、
「借りは、返したぜ」
玲於奈の身代わりとなった。
胸の中央部に、大きな風穴が開いている。
《時間術式》でも巻き戻せない傷。
心臓も無事ではないだろう。
「できればフィリスさんを助けてフラグを立てたかったんだけど、な」
それを最後に、物言わぬ骸へと変わる。
* *
直樹は震えていた。
相手がクローンと分かっていても、八矢房芳人を殺したことには違いなく――それが彼の理性を完全に蒸発させた。
* *
玲於奈は震えていた。
自分が迂闊だったせいで人が死んだ。
そのことが、彼女の精神を真っ白にした。
* *
静玖は震えていた。
友人が傷つき、さらにそれを庇って013が命を落とし――
何もできないでいる自分に、心の底から絶望した。
* *
水華も追い詰められていた。
未亜を全体指揮に集中させるため、必死に護衛を行っていたが――狼男の数が多すぎた。
そして未亜は。
「兄さん……」
己の見通しの甘さに、歯噛みしていた。
伊城木月の襲撃じたいは想定の範囲内。
だからこそ主要なメンバーを天狗峠の頂上に集めていた。
ここを激戦区とし、自分たちの危機をエサに黒獣を誘き寄せる。
来るという確信はあった。
なぜなら、あれもまた芳人だから。
黒獣の力によって月らを一掃してもらい、その後、じっくりと救出作戦を行えばいい。
……などと考えていたものの、あまりに他力本願が過ぎる。
そのことに、今更、気が付いた。
自分だけでなく、アルカパも、フィリスも、静玖も、玲於奈も、真姫奈も、水華も――。
誰ひとりとして、疑問を差し挟まなかった。
当たり前のように思い込んでいたのだ。
芳人だったら何とかしてくれる、と。
意識的、無意識的に、縋っていた。
けれどフタを開けてみればこの通り、いまだ芳人は現れない。
それどころか013と鴉城朝輝が命を落とした。
前世、“勇者ヨシト”を討ち果たそうとしていたころの自分は、こんなにも無能だったろうか。
違うと信じたい。
問題は、芳人への甘え。
彼を救うと嘯きつつ、都合よく救ってもらおうとしていた。
「綾乃、悪いけれど、同調をもう一段階引き上げるわ」
己と融合した友人に、声を掛ける。
小さく頷く気配があった。
先日の戦い以来、綾乃はずっと塞ぎこんでいる。
未亜としても心配だったが、目の前のことに追われ、今日までロクに話もできないでいた。
ここを切り抜ければ、ゆっくり語り明かす暇もできるだろう。
そのためにも、
「全部、きっちりと終わらせる。――兄さんには頼らない」
自分の力で、道を拓く。
伊城木月を打ち払い、フィリスの儀式で黒獣を召喚し、伊城木芳人を取り戻すのだ。
そう決意して、踏み出した時。
空に、黒い亀裂が走った。
芳人帰還カウント1
芳人復活カウント2




