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間章 兵器開発者のメモ1

――意海における法則性の、現実との違いはすでに枚挙に暇がないが、その中でも特筆すべきはその感情への反応特性だ。あるいはこれは呪術性というべきかもしれない。


意海は感情に反応する。


怒りによる推進は、本人認識における前方方向への移動を強制する。

心動船を経由した際には、反応方向の制御を行い、この角度が操作となる。

言葉、あるいは行動に依らなければ、意海は感情を認識しない。

ジェームズ=ランゲ説の言葉、「悲しいから泣くのではない、泣くから悲しいのだ」との逆説を思わせるが、事態はもう少し複雑なようだ。


意海内においては図形が力を持つことが知られている。心動船の特定図形への反応はその代表例だ。

そう、感情反応は、我々のうちにあるそれと反応を起こしているわけではないのではないか。

心動船乗りたちが主張するように感情量が速度と化すのではなく、視床にて発生したそれが、神経を通じ生理学的変化を起こすプロセス。その体内変化そのものが、ある種の図形として認識され、意海と反応しているのではないか。心動船が外部へ伝達しているものは感情などではなく、生態的な図形情報そのものではないか。


事実、誰もが心動船乗りとなれるわけではない。

同じ感情であっても強く反応するパターンと、反応しないパターンがある。

あらゆる科学的手法が同一状態だと判断を下したとしても、意海はこれを別とする。


また、人の感情すべてに対し均一に反応するのではなく、上下方向にのみ反応する場合と、前後にのみ反応する場合がある。

個人により対応する感情は異なり、外部へと表現しなければ感情とはならない。



 

――こうした意海の特性は、聖女とよばれる反意海存在の運用問題にもつながる。

前々より言われている通り、彼女たちは意物への対抗手段としてこの上なく貴重であるにも関わらず、現状は使い捨てに近いものでしかない。

その使い捨ては、一度限りの強力な戦力ではあるが、トータルで見れば自滅に近い。

彼女たちの感情が、すべて意物への対抗手段へと変換される、これが主となる問題だろう。


魔女と呼ばれる者たち以上にそのバランスは複雑であり、彼女たちを単身で意海へと放り出す以外にその力を活用する術がない。

潜水服をつける、あるいは酸素供給手段を与える。そうした補助を行ったケースでは、全員が力を発揮することなく、敵に喰われた。



 

我々は意海について、なにも知らないのに等しい。

老いを実感するこの年まで、すべてを研究に捧げてきたが、それでも尚――

それは、恥だ。


無知の知――知らぬことを素直に認める態度こそを良しとする古代ギリシアの哲学者の言葉は、いまの我々にとっては最大の罵倒であり侮辱となる。

こうしている合間にも、聖女聖者は死んでゆく。

あるいは、我々が殺してゆく。

人の死に様を観察している者の無知に、価値などありはしない。

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