09 精霊の住まう宮
通路には、途中、途中、巨大な石像が行く手をはばむように立っていた。壁の上部にはめこまれたステンドグラスが、光もないのにきらきら光って、わたしたちを照らす。
わたしは歩きながら、う~んと、大きく伸びをした。
「なんだか、同じ景色ばかりで見飽きちゃった」
「さすがに長すぎないか。一体、どこまで続いているんだろう」
「レギーとバージエも、見当たらないしね。どこに行ったんだろう」
ノーマムは、石像の前で立ち止まった。
「もしかしたら、この部屋じゃないのかもしれない。いったん、戻るかして……」
しかし、ノーマムは後ろをふり向いたきり、目を見開いて固まってしまった。
「どうしたの、ノーマム」
「あ、あ、あれ」
口をぱくぱくさせて、来た道の方を指さす。
けげんに思いながらふり返って、わたしは目を丸くした。
「えぇぇぇっ、なんで! こんなに歩いたのに」
後ろには、まだはっきり見える位置に、わたしたちが入ってきた扉があった。走っていったら、すぐにでもたどりつきそうな距離だ。
(そういえば、池に浮かぶ花にも、見覚えがあるような……)
わたしはこわごわと、戦士の姿をした石像を見上げた。
「それじゃあ、この石像も? わたしたち、ずっと同じ道を歩いていたの?」
そのとき、石像の目がぴかりと光った。ゆっくりと体をほぐすように、首を曲げる。
「あわ、わわわわわわ」
あんぐりと口を開けて石像を見上げたまま、ノーマムの腕をゆすった、そのとき、
石像が台座から飛び降りてきたの!
「きゃーーーーーー!!」
「やあ、客人方。ようやく気付いたようだね」
陽気な声とともに、銀の甲冑に、エメラルドグリーンのマントをした背の高い戦士が、目の前に降り立った。
戦士がう~んとのびをすると、かかげた腕は、今にも天井に届きそう! 逃げ出したいのに、足はすくんだように動かない!
「いやあ、ずっと同じ格好をしていたから、きつかったよ。すまないね、もっと早く声をかければ良かったんだろうけど、少し、からかってみたい気持ちになってね」
戦士は楽しそうに笑った。
「安心しなよ。君たちが探している人は、二人とも無事だよ。奥の間で、丁重におもてなしをしているところ」
わたしたちは、顔を強張らせた。
(この人が、二人をさらったんだ)
そんな相手に無事だと言われても、簡単に信じれない。それどころか反対に、戦士の笑顔が恐ろしくなってくる。
わたしは、胸の前で両手を握りしめた。ふるえそうになる声を、必死でおさえる。
「あなたが、あの二人をさらったの?」
「うん? ああ、そうだね。そういうことになるかな」
「……ど、どうしてさらったの?」
「君たちを試すためさ。自分の利益ばかり追い求めるひとだったら、精霊王様が加護するに値しないからね」
戦士はお茶目にウィンクした。
わたしは予想外の返答に、目をぱちぱちさせる。
「試すって、なに? 加護って?」
「ああ、いけない、いけない。これ以上は、しゃべっちゃいけない決まりなんだ。とにかく、二人は無事だし、僕らはなんの危害も与えないよ。さあ、おいでよ。二人のもとに運んであげる」
戦士は大きな手を差しだしてきた。
ノーマムが警戒するように、わたしの前に立つ。
「あんたを信じる証拠があるのか?」
「証拠かあ~。う~ん、弱ったなあ。そういった方面は苦手でね。こればっかりは信じてもらわないと」
困ったように頭をさする戦士を、わたしはじっと見つめた。
(……この人、ウソをついてるようには見えない。本当かどうかは、やっぱり分からないけど)
わたしは、ノーマムの腕を引く。
「ねぇ、信じてみよう。わたしたち、どのみち逃げれそうにないし。連れて行ってくれた先に、二人がいるかもしれないし」
ふり返ったノーマムの目は、迷うように、小さくゆれていた。けれど最後には、覚悟を決めたようにこくりとうなずく。
わたしたちはそれぞれ、戦士の差し出した手の平に乗った。肩まで持ち上げられると、視界がすっかり高くなる。ようやく、戦士と目線を合わせることができた。
「ねぇ、私はイェナ。あなたの名前は?」
戦士は、不思議なものを見るように、目をまたたかせてから、にっこり笑った。
「私の名前は、ウェルダム。さあ、しっかりつかまってるんだ」
ウェルダムは、その場で体を回転させる。すると、つむじ風のように風が巻き起こった。わたしは、ぎゅっと目をつむって、手のひらにへばりつく。
(……ううぇ、ちょっと気持ちわるいかも)
なんだか、胃のあたりがぐらぐらしてきた。そういえば、結局何も食べてないし、ちょっと限界かも……。
「さあ、着いたよ」
ウェルダムの言葉に、救われたように目を開けると、そこは、さっきの部屋とは打って変わって、やわらかい絨毯がしかれた大広間の上だった。
「シーレ様、最後の客人たちを連れて来ました」
大広間には、二つの人影があった。
それがだれなのかに気付いて、わたしは、ころぶように手の平から降りる。
「レギー、バージエ! 二人とも、無事だったの?」
バージエは、ひょいっと肩をすくめた。
「ええ、なんとかね。何もされてないわ」
わたしはそれを聞いて、へなへなと絨毯の上にへたりこんだ。
「よ、よかった~。どうなっちゃったのかと思った。いったい、なにがあったの?」
「——そのわけは、私が説明しましょう」
ひびきわたる声がしたかと思うと、入り口から、やわらかいミントグリーンの髪をたらした、色白のきれいな女の人があらわれた。その姿はすき通るようにまばゆく光っている。
「遠いところ、ようこそおいでくださいました。わたくしは、シーレと申します」
シーレと名乗った女の人は、ゆっくりと、けれどもびっくりするほどきれいに、お辞儀をした。
「まず、たずねます。あなたたちは、この旅の目的を、理解していますか?」
口を開いたのは、レギーだ。
「約束の花を取りにくるのが役目だとだけ、おおせつかっています」
「それはよきことです。定めを守っているのですね」
シーレはほほえんだ。
「はじめに、非礼をわびましょう。そこの二人を、ウェルダムに命じて連れ去ったこと、謝ります。わたしは、精霊王ナーチャ様にお仕えする身。あなたたちのことを、少々、試させていただいたのです」




