06 謎の声
穴のなかは、緩やかな坂道がずっと続いていた。
一体どこまで続くんだろうと思う道は、相変わらず暗いままだ。お互いの顔さえ見えない。
「……ねぇ、ナーチェは、どうして条件をつけたのかな」
独り言のようにぽつりとつぶやくと、バージエが応えてくれる。
「さあね。まあ、加護を与えるんだもの。何かしら条件があるのは当たり前だと思うけど」
商人の娘らしい考え方を口にしてから、バージエはおどろくべきことを言った。
「それに、あの話のすべてを真に受けない方がいいわよ。どこまでが本当か分からないし」
「えぇっ。バージエは、信じてないっていうこと?」
「信じてないわけじゃないわ。でも、おかしな点がいくつかあるのは、確かだもの。たとえば、王子がわずか数日で、山頂までたどりついたという話。聖なる山は、雪でおおわれているし、とんでもなく高い山でしょう?」
わたしはうなずいた。
「うん。人は住めないって聞いた」
「そう、気軽に登れるような山じゃないのよ。だから一部は、権威を高めるための、作り話だと言われてるそうよ」
わたしはびっくりした。
(……そっか。全部が全部、本当っていうわけじゃないんだ。あれって、神話みたいなものだものね……)
少しがっかりしていると、前を歩いてたレギーが、とつぜん足をとめた。
「全員、静かに。何か聞こえる」
口をつぐむと、確かに、しと、しと、とかすかな音が聞こえてくる。
(……これ、なんだろう。もしかして、なにかいるの?)
わたしたちは体を強張らせたけど、それ以上何も起こる気配はなかった。
「……とりあえず、注意して歩こう」
それからわたしたちは、しばらくの間、口を閉ざして歩いた。
気づけば、足元は土の道から、石の道へと変わっていった。くつの裏から、ごつごつとした岩の感触が伝わってくる。
「~~~ひゃっ!」
わたしは、足を滑らせてすっころんだ。バージエがあきれた様子で、手を差しだしてくれる。
「もう、なにやってるのよ。——って、きゃっ」
わたしが手を置いたとたん、バージエは手を引っこめた。
「ちょ、ちょっと、て、手! どうしたのよ?」
「へ? 手?」
わたしは首を傾げてから、ようやく気が付いた。
「ぬれてるみたい。あ、下もぬれてる」
バージエが後ずさる気配がする。
「ど、どど、どうしてぬれてるのよ。ま、まさか、ち、ち——」
「へ?」
そのとき、前にいたレギーが大声で呼ぶ声がした。
「みんな、こっちに来てくれ!」
わたしは急いで立ち上がり、駆けつけて息をのむ。
「なに、ここ」
ゆるやかなカーブを曲がると、岩に囲まれた、ひらけた空間があった。壁に見たことのない光るツタがはりついていて、あたりを照らしている。
岩の隙間からは、ちょろちょろと、小さな滝のような水が流れ、その下に水をためていた。
そして、天井からはしずくが落ちて、小さなみずたまりをつくっている。
(さっきの音は、それに、さっきぬれてたのも、これだったのかな……)
あとからやってきたノーマムと、なぜだかひっつくようにやってきたバージエも、この光景には目を見開いていた。
「なんなのよ、ここは。どうして、こんなことになっているの」
ノーマムが、岩にはりつくツタに触れた。
「……これは、バラミュート。別名、精霊のツタだ。ほのかに光る姿が、精霊のようであることから、そう言われている。……絶滅したと聞いていたのに。すごい、さすが禁域だ……」
レギーは、滝のように水が流れる天井を見上げ、ぽつりとつぶやいた。
「一体、この道はどういう道なんだろう。どこまで続いてるんだろうか」
バージエはあきれたように息をはいた。
「そんなの、決まってるじゃない。精霊の国につながる道なんでしょう?」
「本当に、そうなんだろうか。もう禁域にいるんだから、ここだって精霊の国だろう?」
「えぇぇぇぇぇ~~~~っ!」
わたしは悲鳴を上げた。レギーの肩をぶんぶんゆする。
「うそ。それって本当? もう、禁域に入ってるの?」
「あ、ああ、そうだが……」
面食らった様子のレギーの前で、わたしはへなへなと座りこんだ。
「そんな。気づいてたなら、言ってくれればよかったのに。せーので、飛び越えるつもりだったのに……」
わたしがしょんぼりと肩を落とした、そのとき、
『ヒヒヒヒ。そうさ、ここはもう禁域のなか。精霊王様のおさめる国』
『見られているぞ、見られているぞ。キシシシシシ』
とつぜんひびきわたったうす気味悪い声に、わたしたちははっと顔を上げた。
「な、なに」
声はどこから聞こえてくるのか、ちっとも分からない。洞窟全体に、ゆわんゆわんとこだまする。
(……なんだかこの声、頭にひびいてくる)
『油断をしたら、痛い目を見る』
『白い花は手に入らない。シシシシシ』
わたしたちが、わけの分からない声に身を寄せた、そのとき、
囲っていた岩全体に、ピキ、ピキとひびが入った。その瞬間、岩の隙間から、勢いよく水があふれ出てくる!
「ここは危ない! こっちだ! 早く!」
わたしたちは、頭をかかえながら急いで走った。その瞬間にも、ぱらぱらと頭上から小石が落ちてくる。
そして、細い道に入ったとき、後ろで、足元をゆらすような、ものすごい音がした。
「ひゃっ」
天井の岩が落ちた勢いで、突風が押しよせてくる。わたしたちは、飛ばされないように必死で踏ん張った。
やがて突風がおさまると、嵐のあとみたいに、あたりは打って変わって静かになった。
「……どうやら、戻ることはできなくなったみたいだな」
レギーの声に後ろをふり返ると、そこには、来た道をふさぐように、大岩が転がっていた。
わたしはぼうぜんとそれを見つめる。
(……うそ。わたしたち、帰れなくなったってこと……?)
しばらく、だれも口を開くことができないまま、無言でそれを見つめた。
「……急ごう。ここもいつ崩れるか分からない」
レギーが歩き出したのが分かって、わたしは、よろよろとつま先を向けた。それでも隠しきれない不安が、胸のなかを占めていく。
(わたしたち、どうなっちゃうの……?)




