04 古の約束
「これをごらんなさい」
そういって指導官長様が取り出したのは、古びた本だった。
表紙には、有名な絵——ナーチェから白い花をさずかる、王子の絵が描かれている。それは、子供のころからよく読み聞かせられる、絵本の表紙と同じ絵だった。
紙のページをめくると、仕掛け絵が飛び出してくる。指導官長様は、ページをめくりながら、ゆっくりとした口調で語り出した。
「……はるか昔、ずっと東にあったこの国は、とつぜん現れた一匹の魔物に、滅ぼされてしまいました。生き残った民とともに、新天地を求めて旅立った王子様はやがて、広大な土地にたどりつきます」
それは、聞きなれた物語。ナーチェと王子の物語だ。
——物語のはじまりは、国をおそった悲劇からはじまるの。やがて、王子様は、通りすがりの商人から、恵みの精霊の話を耳にする——。
「その山は、近くにある山とは比べものにならないほど、高い山でした。おまけに、山頂は年中雪におおわれていて、とても人が住むことはできません。
それでも、王子様はいくつもの試練を乗り越え、とうとう、山を登り切りました」
ナーチャと対面した王子様は、民を憂う心で、ナーチャに力を貸してほしいと願う。
そして、真摯な青年に心打たれたナーチャは、王子様の願いを聞き届ける……という話。これが、わたしのよく知る物語。
だけど、次にめくられたページには、わたしの知らない物語があったの。
「対面した恵みの精霊は、王子様の願いを聞き届ける代わりに、ひとつ、条件をつけました。
『百年に一度、この花を自らの手でとりにくるように。百年の間は、かの地に、恵みをもたらそう。この白い花を約束の印にして——』
そうして、一本の白い花とともに、国に加護を与えてくださいました」
わたしは、目をぱちくりした。
(ナーチャがつけた、条件……?)
指導官長様は、わたしたちのおどろきをよそに、絵本を閉じた。
「これは、太古に結ばれた約束なのです。あなたたちには、これより、精霊の住む禁域に行ってもらいます」
(……精霊の住む、禁域?)
わたしの胸が、とくんと高なった。
静まり返った空間で、ネイビーブルーの髪の男の子が、慎重に口を開く。
「……質問を、いいでしょうか」
「ええ、どうぞ」
「なぜ、私たち学生が、探しに行かなければならないのでしょうか。私たちに秘密をもらすよりも、指導官長様ご自身で行かれた方が、危険は少ないのでは?」
指導官長様はうなずいた。
「私たちとしても、そうしたいところなのですが、私たちは、禁域より先に入ることができないのです。よほど高位の術者か、子供にしか、入ることができません。そしてこの国には今、禁域に入れるほどの高位の術者はいません」
「じゃあ、どうしてくじなんかで決めたんですか? 信頼できる優秀な学生を、選びぬけばいいだけの話に思いますけど」
かみつくように口をはさんだのは、赤毛の女の子だ。ちらりと向けられた視線に、わたしはうっと首をすくめる。
(ぜったい、わたしのこと言ってる……)
「花を見つけるために必要なのは、学力だけではありません。また、人を選ぶのにナーチャもお力添えをすると言われています」
「つまり、古い決まりってわけね」
小さくつぶやいた赤毛の女の子の言葉を、指導官長様は否定しなかった。
ネイビーブルーの髪の男の子が、考えこむようにあごに手を当てる。
「それでは、禁域より先に行ったとして、どうやって花を見つけるのでしょうか」
「それは、私には伝えられていません。これは、選ばれた者が、自身で道を見つけなければならないことなのです」
ネイビーブルの髪の男の子は、目を細めた。
「それはどういう意味でしょうか」
「私の口から答えることは禁じられています」
口を閉じた男の子とは反対に、女の子は、まなじりをつり上げる。
「そんなおかしなことって、あるんですか? 禁域だなんて、そんな場所へ、わけの分からないまま入れっていうの?」
「そうする決まりなのです」
わたしは、目を白黒させた。目の前で繰り広げられるやり取りに、ついていくので精いっぱいだ。
(……頭が、ぐるぐるしてきた)
そのとき、ずっとだまっていた、もう一人の男の子が口を開いた。肩まであるバイオレットの髪に、ガーネットの瞳。歳は、ちょうどわたしと同じくらい。
「行きたくない者は、行かなければいいだろう。拒否権はあるはずだ。方法が分からなくても俺は行く」
指導官長様はうなずいた。
「ええ、拒否権はあります。どうしますか」
急に判断をゆだねられて、わたしはあわてた。
(……そんな、どうしよう。わたしが行っても、足手まといになるのはほんとだし……でも、禁域は、ずっと行ってみたかった場所で……)
そこまで考えて、わたしは首をふった。
(……ううん、違う。わたしが禁域に行きたかったのは、そこに、ちがう世界があるかもしれないと思ったからだ)
ずっと、他の世界を見てみたかった。ここを出て、自由になれるのは今だけだ。きっと、自分で、自分の道を選ぶことができるのも——。
そう考えたとたん、気持ちが一つに決まった。
(これがどういうことかは、よく分からないけど……)
「——わたし、行きます」
きっぱり答えたわたしに、指導官長様はうなずいた。
「分かりました。あとの二人は、どうしますか?」
「…………~~~~~~行くわ」
「私も行きます」
赤毛の女の子は、頭をかきむしり、ネイビーブルーの髪の男の子は、落ち着いて答えた。どうやらみんな、行くことにしたみたい。
指導官長様は、はじめから分かっていたようにうなずいた。
「分かりました。それでは、他に質問はありませんか? ないようなら、扉を開きます」
だれも口を開かないのを見ると、指導官長様は、ポケットから銀の鍵の束を取り出した。
それは、柵をあけたときと同じ、鍵の束だった。だけど今度は、その中から、ひときわ小さな、小指ほどの鍵を選ぶ。
「——ナーチェよ、お通しください」
指導官長様が唱えたとたん、丸テーブルの中央から、ぼぅと円形上の光があふれ出てきた。
中央に鍵穴があらわれ、銀の鍵が吸い付くように差しこまれていく。すると、
ゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ………………
丸テーブルが、音を立てて崩れはじめた。
わたしたちは悲鳴をあげてテーブルから離れる。吹きあれる風から守るように、顔に手をかざした。
(なに、これ。どうなってるの?)
崩れた丸テーブルの欠片は、地面に落ちる前にすっと消えていく……。
ぱらぱらと崩れていくと、最後にぽっかりと、地面に黒い穴があらわれた。
口をあけるわたしたちに、指導官長様は告げた。
「これが、入り口に繋がる階段です。では、わたしの後に続くように」




