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03 貴族舎

 翌朝、まだ日も出てこないころに、まぶたをこすりながら西門に向かうと、ジレーヌ指導官長様が一人、門の前に立っていた。

 首をめぐらしても、他に人影は見あたらない。まだ、わたしのほかには、だれも来てないみたい。


(良かった……寝坊したと思って、あせっちゃった)


 わたしは指導官長様の前まで駆け寄ると、頭を下げた。


「おはようございます、指導官長様」

「ええ、おはよう」


 指導官長様は、わたしを見て、ぽつりとつぶやいた。


「……イェナ、まさかあなたが引いてしまうなんてね」


 わたしは顔をあげた。


(こんなふうに、名前を呼ばれるの、いつぶりだろ……)


 実は、指導官長様とは昔からの顔なじみなの。わたしがまだ小さかったころ、よく孤児院を抜け出しては、学舎に遊びに来てたんだけど、見つかっては、叱られてたっけ。

 指導官長様は頭をふった。


「これも、運命なのでしょう……。さあ、行きましょうか」

「え? 他の学生は待たないんですか?」

「他の学生はいません。ここの学舎では、あなただけです」


 わたしは目を丸くした。


「どこに行くんですか?」

「ルウェルトン第二学舎へ。そこの庭園に向かいます。このことは……いえ、このことだけでなく、これから起こることすべて、他の生徒に話してはなりませんよ。胸にとどめなさい」


 わたしはとまどったけど、大人しく、指導官長様の後に続くしかなかった。

 西門からは、一本の細い小道が、森のなかに続いていた。

 雑草の伸びきった小道は、ふだんひとが通らないことを示してる。

 ときおり、鳥がばさばさと飛び立つ音がするだけで、あとは物音ひとつしない。わたしは胸の前で手を握りしめて、きょろきょろと首をま見まわした。


(この道を歩くのも、はじめて)


 森を抜け、川を渡ると、また森のなかにはいった。しばらく進むと、今度は草原の丘に出る。のぼりだした朝日が、丘を照らした。目の高さまで長く伸びた草が、風にそよそよとそよぐ。

 そしてわたしは丘の下を見て、顔を明るくした。


「わぁ……!」


 ピカピカにみがかれた青い屋根に、朝日に照らされて輝く白壁。連なる屋根の合間からのびる三角屋根は、その先端をきらりと光らせる。


(これが、貴族舎……近くで見る方が、ずっときれい) 


 指導官長様は、ちょうど白い塔のある方へ、草をかきわけて丘を降りて行った。わたしもその後に続いて行く。

 指導官長様は、貴族舎を囲むようにそびえる、大きな柵の前までとまった。そして、ポケットから銀の鍵の束を取り出すと、鍵穴に差しこむ。

 ———かちゃり、と音がして、はばむように立っていた柵は、音もなくなめらかに開いた。


「入りなさい」


 わたしは、ごくりとのどをならして、足を踏み入れた。


(……わたし、わたし、今、貴族舎のなかにいる!)


 指導官長様は、慣れた様子で、さらに奥へと進んで行った。

 渡り廊下を抜け、ホールの前を横切ると、よく整理された庭園の中に入った。低木に囲まれた入り組んだ道をひたすら歩くと、奥に青いドーム状の屋根が見えてくる。


(あれ、人がいる?)


 目をこすったけど、やっぱり見間違えじゃないみたい。ぼんやりとたたずむ人影は、一人、二人、三人、四人……。こっちに気づいたようにふり向いた。


「お待たせいたしました」


 指導官長様は、ようやく足をとめると、頭を下げた。

 わたしもそれにならって、あわてて頭を下げる。


「……これが、私たちが待っていた子? もしかしなくても平民じゃないの」


 顔をあげると、赤い髪を三つ編みにして、さらに左右でお団子にしてくくった、女の子と目が合った。レモンイエローの瞳で、まるで値踏みでもするように見つめてくる。


(……この子って、もしかして、貴族?)


 どぎまぎと見つめ返していると、ぷいっと視線をそらされた。


「ダメね。とてもバカっぽいわ」


 ガーンとわたしはあごをおとした。


(……あれ? なんか、思ってたのとちがうかも……)


 ショックを受けているわたしを、ちょっと気づかうように見てから、かたわらにいた男の子が、口を開いた。


「それで、私たちが集められたわけを、教えていただけますか?」


 ネイビーブルーの髪に、落ち着いたトパーズの瞳。背も高くて、歳が近いとは思えないくらい大人っぽい。

 一人いた、指導官様と思われる男性が、厳かにうなずいた。


「私ではなく、ジレーヌ指導官長殿から聞いた方が早いだろう。ジレーヌ指導官長殿、お願いできますか?」

「ええ」


 指導官長様は進みでると、全員を見回した。


「ルウェルトン第一学舎で指導官長をしております、ジレーヌ・マルタリーデです。これから話すことは、決して、ここにいる者以外に話してはなりません。指導官であっても、です」


 とたんに、その場に緊張がはしる。

 指導官長様は、よく通る声で話しはじめた。


「あなたたちが集められた理由は、表向き、このように説明されることになっています。『チューレイ草が無事に再生することを願って、生徒を代表した数名が、祈りの場にてお祈りをする』」


 指導官長様は、一度言葉をくぎると、再び続けた。


「……そして次に話すのが、あなたたちだけに話す、本当の理由です。『ナーチャとの約束の百年は過ぎた。新たなる加護をもとめて、約束の白い花——チューレイ草を探しにいくように』」


 わたしは、目をまたたかせた。


(……え? 一体、どういうこと……?) 


 指導官長様は、わたしと目を合わせた。


「五百年前に交わした、ナーチャとの約束には続きがあるのです」

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