14 約束の結末
まるで、二度と起きてこないかのようで、わたしたちはあせった。
「ねぇ、ノーマム。起きてよ、お願い」
「ちょっと、ノーマム、しっかりしなさいよ! 夢のなかでも、ぽわんぽわんしてるつもり?」
「起きろ、ノーマム。ここは現実だ。それは、夢なんだ」
わたしは、祈るように、ノーマムの手を両手で握りしめた。
「ねぇ、お願いノーマム、こっちに来て。わたしたちと、一緒に帰ろう」
そのとき、ノーマムのまぶたがぴくりと動いた。ゆっくりと、ガーネットの瞳が開かれる。
「……ノーマム!」
わたしたちは飛びこむように、ノーマムの体を抱きしめた。
「もう、バカっ! すぐに戻って来なさいよ!」
「そうだ。私たちは一緒に帰るんだから、一人も欠けるのは許さない」
わたしは、ひくひくと、喉をひきつらせた。安心したら、ためこんでいたものが全部、あふれ出ちゃったみたい。
「もう……っ。ノーマム、良かったあ」
「なに泣いてるのよ。バカじゃないの。こんなことで……っ」
「バージエだって、泣いてるじゃない」
「うるさいわねっ。目にごみが入ったのよ」
ノーマムが、ぱちぱちと目をまたたかせた。
「……一体、なんだ、これは。どうなってるんだ」
「言っておくが、君のせいだからな、ノーマム。私にも当然のことだと思えるね」
わたしは涙をぬぐった。涙が出たあとは、視界がいつもよりすがすがしく見えた。目も、しょぼしょぼしてくる。
(……あれ? これ、泣いたせいだけじゃ、ない気がする。向こうで、なにかが光ってるような……)
わたしは小さくなった原因を思いだして、おそるおそる指をさした。
「ねぇ、なにか、光ってるよ。道の向こう」
みんなも、一斉に道の先、小高い丘の上をふりかえる。
「……ほんとだわ。ねぇ、もしかして、あれって」
「確定はできない。とにかく、行ってみよう」
今度のわたしたちの足取りは軽かった。早くたどりつきたくて、走っていても、足がうずうずしてくる。胸がどきどきと高なった。
(もしかして、もしかして、あれが……!)
丘の上から先には、もう道は続いていなかった。あたり一面に花畑が広がるだけだ。わたしたちは、息を切らして、白く光るものを探した。
レギーがその一か所を指をさす。
「あれだ。花畑のなかにある」
わたしたちは顔を見合わせてうなずくと、一緒に、花畑のなかに足を踏み入れた。ごくんとつばを飲みこんで、ゆっくり近づいていく。
光るものをのぞきこんで、わたしたちは、息をのんだ。
「…………——————花だ」
レギーの声を、わたしは、耳の外で聞いていた。吸い寄せられたように、光る花を見つめる。
「きれい……」
それは、白い、銀細工のような花だった。花びらはすけるように繊細で、いくつもの小さな結晶が、花びらに浮かぶように、きらきらと輝いている。
「——————きれいでしょう?」
近くで聞こえた声に、魅せられていたわたしたちは、はっと顔を上げた。
いつの間にか、すぐ目の前に、きれいな女の人が立っていた。腰までたれたブロンドの髪に、頭につけたヘッドピース。軽やかだけど、光沢のある白いドレス。
すぐそこにいるのに、すぐにでも消えてしまいそうな、あやうさのある人だった。
女の人は、金色の瞳の色を、やわらかくしてほほえんだ。
「よく、ここまで来ましたね。ずっと見させてもらっていました」
女の人は、足元一面に広がる、花畑を見下ろした。
「ここは、あなたたちの心のありようを、よく映し出すようになっているのです。これが、今のあなたたちの心」
わたしたちは、目をぱちくりさせる。
(わたしたちの、心……?)
「そして、この白き花は、こんなときにしか、つぼみを開きません。これは、あなたたちが咲かせたのです。ね? とってもきれいでしょう?」
わたしは、白い花に再び目を向けた。そう言われても、ぴんとこなかった。
(この花を、わたしたちで……)
「こんなきれいな花を咲かすことができるのだから、あなたたちの国も、まだ、大丈夫。わたしが加護するに、値する」
「……え?」
顔を上げたわたしに、にっこり笑うと、女の人はすっと空をあおいだ。
「——王子ユリシス。あなたの護った国を、再び百年、護ると誓いましょう。この白き花を、約束の印にして——————」
それを合図に、視界が霧がかったようにぼやけてきた。目を開けていたいのに、あらがえきれずに、まぶたが閉じていく。
女の人の、すんだ声だけが、耳に残った。
「この花を探しに来てくれて、ありがとう。だますようなまねをして、ごめんなさい。でも、あなたたちに会えて、よかったわ。大丈夫、わたしが、送り届けてあげるから」
わたしは、もう少し話していたくて、手を伸ばした。まばゆい光のなかに、女の人の姿がぼやけて見える。
(このひと。このひとは、もしかして——————)
伸ばした手が、何かを握りしめた感覚を最後に、意識がふっと消えていった。




