15 次の約束
「……———……———ミス・タリストア……引きますよ……」
だれかが、なにかしゃべってる。わたしは、体が疲れたように重くて、耳をふさぐように寝返りを打った。
けれども、だれかはわたしの体をゆすってくる。
「—————なさい————起きなさい、ミス・タリストア。風邪を引きますよ」
その、よく聞き覚えのある声に、わたしははっと起き上がった。
「——はいっ、ごめんなさい! でもわたし、悪さをするためじゃ……」
そこで、自分がいる場所の様子が、目に入ってきた。
青と黒のひしがたが格子上に連なる、石でできた円形の床に、周りを囲う白い石柱。石柱の外側には、高くそびえたつ山。それをおおう木々は、ずいぶん下に見える。
「……さぶっ」
びゅんびゅんと、風が直に吹きつけていることに気付いて、わたしは腕をさすった。
ふわり、と肩に品のよい紫のケープがかけられる。
「だから、風邪を引くといったでしょう」
見あげると、近くにジレーヌ指導官長様の顔があった。
「指導、官長様……」
「イェナ、よく務めを果たしましたね。でかしましたよ」
「……え?」
指導官長様の目線をたどって、手のなかを見下ろす。そこには、根のついた約束の花が、しっかりと握りしめられていた。
「え、この花」
「あなたは、まだ見たことがなかったかもしれませんね。これがチューレイ草です。これでまた百年、この国は護られるでしょう」
そのとき、うめき声があがった。近くで倒れていたレギーとバージエに、それにノーマムが、目を覚ます。
「……ここは?」
「祈りの塔の最上階です。外側は危ないので、気を付けなさい」
わたしは、目をまたたかせた。
「祈りの塔? ——もしかして、あの、白い塔ですか?」
「ええ、そうです。ここは、ナーチェに感謝の祈りを捧げるために作られた塔なのです。あなたたちは数日間、ここで祈りを捧げていたことになっています」
わたしは、ますますわけが分からなくなった。
(なんでいきなり、その塔に最上階にいるの?……あのきれいな女の人のしわざ、なのかな?)
そのとき、指導官長様が、すくっと立ち上がって、お腹の下に両手をそえた。
「レギウス・スチュアート、バージエ・ブラウン、ノーマム・ジョーンズ、イェナ・タリストア。よく務めを果たし、戻って来ましたね。代表して、感謝いたします」
深々と頭をさげた指導官長様に、わたしたちは面食らう。
指導官長様は頭をあげると、一人一人と目を合わせた。
「今から、これまでのことは胸にとどめ、通常の学生生活に戻りなさい。今なら、朝食に間に合うでしょう。各自、速やかに学生寮に戻るように。——チューレイ草の花は、生徒が起きる前に、わたしが植え替えておきましょう」
わたしから花を受け取ると、指導官長様はさっとその場を立ち去っていってしまった。
残されたわたしたちは、ぽっかりとその様子を見つめる。
「……終わった、の? わたしたち、無事にチューレイ草を見つけれたってこと?」
「みたいね」
バージエは立ち上がると、服についた砂をはらった。
そのまま、あっさりと階段に向かうバージエに、わたしはあわてる。
「えっ、バージエ、もう行っちゃうの?」
「当り前でしょう。今から通常の学生生活に戻るように、って言ってたじゃない。今日が休日でなかったら、今から授業よ」
「えぇっ、今から!?」
わたしは目の前がぐらぐらしてきた。だって、あれ? 花畑に行ったときは朝で……なのに、また朝が始まるの?
「……だめ。今日はぜったい無理……」
「なに言ってるのよ。イェナ、勉強頑張るんでしょう」
わたしはびっくりして顔を上げた。
「なんでそれ……」
「見てたら分かるわよ。イェナが、第二学院に興味をもってるの。本当に入りたいなら、今から死ぬ気で勉強しないと、間に合わないわよ」
「うぅ……はい」
わたしは、がっくりと肩を落とした。自分にできることは、やってみるって決めたけど、本当にできるのかな……。
「……そのままじゃ、落ちるのは目に見えてるから、あたしが……その、面倒、みてあげるわよ」
「——え?」
顔を上げると、真っ赤になったバージエの耳が見えた。
「だ、だから、いつでも貴族舎に来なさいって言ってるの! べつに、来ちゃいけない決まりなんてないんだから」
わたしは、みるみる目を丸くする。
「え、いいの!? 旅が終わっても、わたしが会いに行って、いいの?」
「旅が終わったからって、すべてがなくなるわけじゃないでしょう。じゃああたし、もう行くからっ」
そのまま、バージエはふり返ることなく階段を降りていってしまった。
びっくりして動けないでいるわたしの肩に、手が置かれる。
「私は、気軽に会いに行くことはできないが、学舎には遊びにくるといい。顔ぐらいなら合わせれるだろう」
見上げると、にっこり笑ったレギーと目があった。
「う、うん」
「それじゃあ、そろそろ私も行かせてもらう」
それだけ言うと、本当にあっさり立ち去ってしまう。
「…………わたし、会いに行っても、いいんだ……」
「——俺も、研究で忙しくなるだろうから、あんまり会いには行けないと思うけど、試験のことで、なにか相談があれば、たずねてくるといい」
目の前に、手が差し出される。
「ちょっと、外部の人には奇妙な場所だと思うけど……」
差し出された手を、まじまじと見つめてから、わたしはそっと手を置いた。ぎゅっと力強く握って、立ち上がる。
「うんっ、わたし、ぜったいに会いに行く! ノーマムも、わたしの学舎に遊びに来てね」
「ああ。——院には、植物のほかにも、色々な研究分野があるんだ。イェナに合った分野もあると思う」
「そうなの? へへへ。チェヨに言ったら、びっくりするだろうな」
階段のふみ板の前で、わたしはもう一度、円形の部屋をふり返った。
柱の奥には、空に向かってのびる山がある。雲に隠されたてっぺんを見つめ、わたしは笑いかけた。
「——さようなら、ナーチェ」




